時代錯誤? 「教育勅語」明治のエリートが書き上げた315字に平成の我々が振り回される理由

社会

2019/4/11

『くわしすぎる教育勅語』(高橋陽一/太郎次郎社エディタス)

 教育勅語とは何か。それは1890年(明治23年)10月30日に、明治天皇の名をもって当時の帝国大学など直轄学校に渡された、「朕惟フニ(ちんおもうに)」で始まる315字(署名などを加えると332字)で書かれた勅語(今でいうおことばのこと)だ。

 今から2年と少し前の2017年2月、かの森友学園が幼稚園児に教育勅語を暗唱させるなどしていると、衆院予算委員会分科会で追求された(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/003119320170223002.htm)。

 遠い記憶になっている人もいるかもしれないが、2017年は教育勅語が「憲法や教育基本法などに反しないような形で、教育に関する勅語を教材として用いることまでは否定されることではない」とする答弁書が閣議決定された年でもある。しかし敗戦後、教育基本法と学校教育法のもとで、教育勅語の理念は否定されてきた。1948年には国会で、「教育勅語等排除に関する決議」と「教育勅語等の失効確認に関する決議」が可決されている。すでに効力を失ったものなのに、なぜ平成も終盤に差し掛かったこのご時世に、教育勅語は話題になったのだろうか。

 自分なりに考え、答えを導き出すのに最適な参考書が、『くわしすぎる教育勅語』(高橋陽一/太郎次郎社エディタス)だ。

 著者の高橋陽一さんは、30年以上にわたり教育勅語の解釈を収集・比較検討してきたという。そして、

現在も販売されている教育勅語についての書籍の多くは、教育勅語の本文から離れて、教育についての筆者の考えが展開されることに力点があるようです。(中略)私も、教育勅語は現在の日本国憲法に合致しないという意見を持っていますが、必要なことは教育勅語そのものを理解するところからスタートすることでしょう。

とまえがきで述べているように、この本は、教育勅語を1語1語解体しながら説明するものだ。

朕 現代語訳:(天皇である)私が
文法:「朕」は代名詞(一人称、文法用語では自称)で「惟フ」の主語です。明治期の日本では天皇のみが一人称として使います。
(以下、朕という言葉についての説明が続く)

といった具合だ。わずか332字を約90ページかけて第1部の「精読」にて詳細に解説している。それぞれの言葉がどのような意味を持っているかがわかるので、否定的であれ肯定的であれ、それらの先入観を脇に置いて、読み解いていくことができる。

 続く第2部の「始末」ではまず、明治天皇の名で出されたものの中村正直と井上毅、そして元田永孚という人物が起草者であることを明かす。そして彼らの生い立ちを紹介しながら、当初この勅語には名前がなく、官報に掲載された「教育ニ関シ勅語ヲ」という表現から「教育ニ関スル勅語→教育勅語」が用いられるようになったことや、「徳育涵養」(道徳教育を浸透させていくこと)を目的として起草されたことなどに触れている。

 さらに「起立・礼・着席」などの学校儀式と教育勅語の浅からぬ関係や、戦前の教育を全否定した今でも教育勅語が語り続けられる要因のひとつに、法令ではなく君主の著作であったことなどを挙げている。

 明治・大正・昭和・平成の人々がわずか315文字に翻弄されていく様は、歴史物語を読んでいるようだ。しかしそもそも3元号、いや4元号も前に生まれたものがいまだに話題にのぼり、同時に問題となることが、ドラマなのかもしれない。

 そしてそのドラマを読み解くには、関係のあるパーツを集めて分析することが不可欠だ。教育勅語に関する文献や文書、法律などの資料をまとめた第3部「考察」は、まさにそのパーツがちりばめられた章だと言える。ここも1部2部と同様しっかり読み込めば、さらに理解が深まることだろう。

 嫌でも目を引くピンクの装丁は杉本聖士さんと、以前紹介した『HATE!』(左右社)著者の松田行正さんによるものだ。このデザインだけでもタダモノでない感が漂っているが、外すと雰囲気が一変。教育勅語が生まれた時代に、一気にタイムスリップできるような仕様になっている。

 今もなお論争の火種となっている教育勅語を信ずるのも、否定するのも、まずは“知る”ことから始まるのだ。

文=碓氷連太郎