知らず知らず現代人をむしばむ“ネット疲れ”――つながらない1時間で幸福体験を

暮らし

2019/4/22

『ネット断ち 毎日の「つながらない1時間」が知性を育む』(齋藤孝/青春出版社)

 現代生活に欠かせないネット。ただ、情報サイトのリンクを何気なくたどっていくうちに、ぎょっとするほど時間が過ぎていて、そのわりに何が自分に残ったかといえばおぼろげだ、という経験に心当たりのある人は少なくないだろう。

 ネットの情報は楽しいし、ためになるものも多い。しかしネットでは対象に深く潜りこむ「沈潜(ちんせん)」の体験が得られにくく、沈潜こそが教養の礎であると説くのが書籍『ネット断ち 毎日の「つながらない1時間」が知性を育む』(齋藤孝/青春出版社)だ。

■現代人のエネルギーはネット上でほぼ費やされてしまっている

 著者は「現代の多くの人はインターネットやSNSにエネルギーを消費してしまい、それ以外に向けられる精神エネルギーが相対的に少なくなってしまっている」と説く。

 人間の持つエネルギーは有限だが、その限られたエネルギーが現代社会ではあまりにネットに向かいすぎている。そのため判断力や意思を司るエネルギーが不足し、もう考えるのも面倒だとそのままネットにダラダラ居座り続ける悪循環が続いてしまうのだ。

 実際に、スマホの小さな画面を猫背で見続けている人は電車、カフェ、ファミレスでもよく見かけるし、家で家族が一心にスマホを見ている姿にイライラした経験がある人も多いだろう。そして何より「私はぼんやりダラダラとネットをみたことなど一度もない」と胸を張って言える人は少ないのではないか。

 もちろん、気分転換やストレス解消として、お金もかからずいつでもどこでも手軽に利用できるネットは使い勝手がいい。著者もそれを否定してはいないが、目的のないネットは10、20分程度ならいいが、30分以上だと長い、とある。気分転換が気が付けば半日くらいになっていた、という人もいるのではないだろうか。

■ネットの代わりに、本や漫画を「どっぷり」読む

 この本はタイトルが「ネット断ち」だが、ネットを完全に断つ趣旨の本ではなく、サブタイトル通り「(ネットに)つながらない1時間を持つ」ことを推奨している。しかし、多くの人が1時間ネットを断てと言われたところで代わりにやることが見つからずソワソワ、イライラしてしまうはずだ。

 そこでベストセラー『声に出して読みたい日本語』(草思社)を送り出した著者がネットを断った時間ですすめていることは「読書」だ。ネットサーフィンも読書も、情報を入手している点では同じように見えるが、著者はネットサーフィンと比べた読書のメリットとして「偉大な人格に触れることができる」点を挙げている。

 当然、ネット上にも偉大な書き手はいるが、何しろネットは玉石混交の世界で、石の中から玉を探す手間がある。そして、今をときめくネット上の論客の意見だって、3年後すら通用するかはわからない。ネットは強烈だが確かではない世界なのだ。一方、読書の場合、キリスト、ソクラテス、仏陀といった、1000年以上たっても生き残っている「強い」ものの考え方に触れることができる。読書という形でその思考を自分の中に取り込むことができるのだ。

 そしてさらに著者が読書のメリットとして挙げるのが「ダラダラ、でなくぐっと入り込む『沈潜』の経験」だ。何度も読んだはずの漫画をまたどっぷりと数時間かけて全巻読んでしまった、という幸福な経験に覚えのある人もいるだろう。この対象にどっぷりつかり、味わうことが「沈潜」になる。

 ネットサーフィンで気の利いた情報や意見を見て、ためになったとその場では思いながらも翌日にはもう忘れている場合、情報はただ右から左に流れているだけなのだ。

「沈潜」とはその真逆の状態で、対象にどっぷりつかり、味わい、考える。この「沈潜」の経験をすることで、情報は感情や感性を伴った体験へと変化し、それが教養につながると著者は説く。

 本書では偉大な人格を取り込むための推薦書も紹介されている。どうもネットにエネルギーを吸い取られすぎているという人は、まず1時間のネット断ちをはじめてみてはどうだろうか。

文=石徹白未亜