市原悦子、コンプレックス「満たされないから前に進める」人生哲学とは

エンタメ

2019/4/25

『市原悦子 ことばの宝物』(市原悦子/主婦の友社)

 2019年1月に亡くなった市原悦子さんを惜しむ声は今もなお絶えない。テレビドラマ「家政婦は見た!」の主演や「まんが日本昔ばなし」の語りなど、幅広い役柄で親しまれた大女優だった。あの味わいのあるあたたかい語りをもう一度聞きたい。あの鬼気迫る演技をもう一度見たい…。

 市原悦子さんの生き様に触れられる本がある。『市原悦子 ことばの宝物』(主婦の友社)は、市原さんの生前の発言を集めた1冊。女優の仕事、「語り」の仕事への情熱。戦争の経験。生きるということ、死ぬということ…。市原さんのことばには、彼女の人柄が滲みでており、読めば読むほど、こちらが勇気づけられる気持ちになってくる。

「幸せって、あまり考えたことがないの。苦労するのが人生。雑用しなきゃいけないのも人生。努力するのは当たり前」

「遠回りというのも悪くないの。ゆっくりゆっくり。なかなかできなくてもいいの。寄り道かなと思っても必ず勉強になってるの」

 どんなことがあっても欲張らずに一歩ずつ進めば良い。どんなに理不尽なことがあっても、好きなことを貫き通したら良い。あの柔らかい表情と優しい声の持ち主は、胸のうちに確かな信念を秘めていたのか。天才と呼ばれ続けていたが、きっと彼女としては、演技することをただ誰よりも愛し抜いていただけなのだろう。

 映画『あん』で共演した樹木希林さんとの対談では、希林さんとこんな話をしている。

「私たちの頃はそんな人が多かったかも。今の人って、キチッといろいろな利害を考えて、計画的に道を見つけるようなところがあるでしょ。でも、あの頃は、みんな、何か匂えばそこに行くって感じでね。でもやり出したらよそ見をしない、のめり込んであきることがない。体をこわす限界も分からないのね。(中略)そうやって歩いてきて、振り返れば役者の道がついてたって感じね」

 作家の佐藤愛子さんは『現代いい女列伝』で市原さんのことを「美人にあらず、不美人にあらず」と形容した。市原さんはそのことばに喜びを感じたという。10代の頃は容姿にコンプレックスを持っていたが、ある時、監督にいわれたという。「美人はつまらないよ。美人の女優は顔が変わらないから。でも普通の顔はすごく変わり得る。あなたがある時、すごく可愛く見えたりすることが、監督としては喜びなんだ」。

「劣等感や欠陥は、バネになりますね。満たされていないものを満たしていきたいという思いは、表現するうえで、とても大きな原動力になってきました」

「生きるとか死ぬとか、ずいぶん考えさせられたけど、考えてもらちがあかない。でも、なんかいいように死ねるような気がするんです。死ぬときは、きっといい景色が浮かぶだろうって」

 この本に書かれたことばが、脳裏で自然と市原さんの声で再生されるのはなぜだろう。それほど、私たちの心のうちに、彼女の声が染み付いているせいだろうか。人生に迷いを抱えている人にはぜひともこの本をオススメしたい。ここに掲載されているのは、これからの人生を自分らしく歩いていくために知っておきたいことばばかり。市原さんのことばに背中を押されるような気分になるあたたかい1冊は、あなたの進むべき道を指し示す道しるべとなるだろう。

文=アサトーミナミ