妹はどこに消えた? 14台の監視カメラに囲まれた異常な実家で見たものは… 『あの子はもういない』

文芸・カルチャー

2019/5/7

『あの子はもういない』(イ・ドゥオン:著、小西直子:訳/文藝春秋)

「これぞ韓流“激辛”サスペンスの真骨頂だ」――ミステリ評論家の千街晶之氏をそう唸らせた『あの子はもういない』(イ・ドゥオン:著、小西直子:訳/文藝春秋)は、どす黒い真相がこれでもかというほどつぶさに明らかになっていくKスリラーだ。

■不仲だった妹の行方を探って見えてきた闇は――

 物語の主人公であるユン・ソンイは母親の死を機に親戚の家に引き取られ、妹のユン・チャンイとは疎遠になっていた。しかし、ある日刑事に、妹が同級生の少年の殺人事件に関与している可能性があると告げられ、消息を尋ねられることに。妹の行方にまったく心当たりがなかったソンイは、10年ぶりに実家を訪ねることを決意する。

 久しぶりに訪れた実家では父と妹が暮らしている…はずだったが、そこに2人の姿はなく、目の前には奇妙な光景が広がっていた。クローゼットの中には妹が着るには小さすぎるサイズの洋服がしまわれており、散らかっているのが当たり前だった室内は秩序的に整えられていたのだ。この家はなにかがおかしい…。そう思ったソンイは目の前に広がる光景に違和感を覚え、ますます妹の安否が気がかりになる。

 そしてソンイはその家の中に14台もの監視カメラが取り付けられていることを発見。録画された過去の動画を確認してみると、なんとそこには刑事が探していた少年と妹が絡み合う姿が収められていた。

 妹のアダルトビデオに衝撃を受けたソンイは父と妹の消息を掴むべく、撮影者や撮影に至った経緯を調査。すると、父は7年前から精神に異常をきたし、施設に入所していることが発覚する。しかし、妹の消息は依然として掴めなかった。

 そんな時、周囲の人への聞き込み調査から、死んだ母の名を名乗る「長い髪の女」と妹が行動を共にしていたことが明らかとなり、物語はますますダークな方向に転がっていく。ストーリーが進むにつれ、徐々に見えてくる妹・チャンイの人生に、読者は思わず顔をしかめてしまうかもしれない。

“忘れた頃になると、決まって浮かび上がってくる、知られざるチャンイの現実。彼女の周辺を取り巻くクズみたいな人間どもやら下衆な状況やら、そんなものがひょいひょいと飛び出してくるのだ。”

 ソンイが語るこの言葉には、作品の世界観が凝縮されている。

 妹が生きてきた空白の数年間は、あまりにも惨めで残酷だ。仄暗い雰囲気が漂う本作には背筋が寒くなるような狂気が詰め込まれているが、ページをめくる手は止まらない。あの子はどこにいるのか? それとも、もうどこにもいないのだろうか…?

■自分の生き方について考えさせられるダークミステリー小説

 人の一生は、自分が“どう生きたいか”ではなく、“どう生きてほしいか”という他人の情念によって左右されてしまうことがある。本作には、時にはどす黒い人間のそういった部分が惜しみなく記されているように思う。

 生きていく上で一番大切なのは、自分の身を守ることだろう。しかし、その想いが強すぎて、身近で発信されているSOSから目をそむけてはいないだろうか。作中で妹の消息を追い求めながら自分を責める主人公のストレートな想いに触れると、そう考え、他人を守ることの大切さを再認識する。

“嫉妬していたのだ、妹に。父の生き方に振り回され、妹を押しのけて生き残ろうと血眼になった。”

 家族という“檻”に入れられてしまうと、その中で時として兄弟や姉妹はお互いを妬み、恨み、「自分のほうが深く愛されますように」と願ってしまうことがある。「私を見てほしい」という想いが強すぎると、親の期待や周囲が求める自分を演じてしまうことだってあるはずだ。

 だが、人を押しのけて掴みとった幸せは、果たして本当に幸福と呼べるものなのだろうか。後の自分を苦しめる足枷にはならないだろうか。そう考えさせられてしまう。

 人生は関わってきた相手や自分が選んだ生き方によって、地獄にも天国にもなる。本作はそんな哲学めいた教訓をも教えてくれるダークミステリーだ。読後にはきっと、あなたも自分の人生を見つめ直したくなるはずだ。

文=古川諭香