12階から飛び降りても死ねなかった女性(元男性)が、今一番語りたいこととは?

社会

公開日:2019/5/8

『12階から飛び降りて一度死んだ私が伝えたいこと』(モカ、高野真吾/光文社)

 GW後半の5月4日の昼頃、JR大阪駅の駅ビル16階から女性が転落死した。警察官が50分ほど懸命に説得するも、女性が思い直すことはなかった。

 警察官の無念は察するに余りあるが、心の闇にあるものが「希死念慮」(漠然と死にたいと思う気持ち)から明確な「自殺願望」まで深まってしまうと、他者の言葉で思い留まらせるのは容易ではない。たとえそれが、愛する肉親からの言葉だとしても…。

「そんなこと考えないで」
「もっと生きよう」

advertisement

──会社経営者で漫画家のモカ(亀井有希)さん(33)にこうやって必死で語りかけたのは、彼女の両親だった。自殺を願望から実行に移すことを娘から知らされ、すぐに両親が駆け付けて来た。しかし、当時のモカさんにとって「そんな言葉はもう耳には入らなかった」そうだ。限界まで追い詰められた心には、「やっとこの苦痛や不安から解放される」という思いの方が、なによりも勝ってしまうのだという。

 そして「もう平気だから」と、ウソの言葉で両親を安心させて実家に帰したその日(2015年10月23日)の深夜、モカさんはマンション屋上から飛び降りた──。『12階から飛び降りて一度死んだ私が伝えたいこと』(モカ、高野真吾/光文社)が、その先をこう伝えている。

■生きることを強いられたというモカさんの「再生」

“12階から飛び降りて、意識あって、救急車で病院に向かいました。全身骨折で、2度の手術をして、すげー苦しかったけど、生き延びた。これだけのことをして死ねないなら、たぶんもう、死ねないかも。”

 モカさんが入院先のベッドからこうツイッターに呟いたのは、飛び降りから2日後のことだ。落ちた下にあったのは、硬いコンクリートではなく車だった。体内の2カ所の骨を今もチタン製金具が支えているが、幸いにも五体満足のままで生かされた。

 本書は、こうしてなかば強制的に生きることを強いられたというモカさんの再生の物語を中心軸に据えながら、希死念慮、もしくは自殺願望に悩む人たちのリアルについてもフォーカスしたドキュメンタリーだ。

 共著者の高野真吾氏は朝日新聞記者で、2018年2月、朝刊の「ひと」欄に「性的少数者たちの悩み相談に乗る亀井有希さん(31)」と題したモカさんの記事を載せた。

 ケガから復活したモカさんは2016年、「これからは他者のために役立つ生き方をしよう」と決め、オンラインでの「モカのお悩み相談」(http://nayami.uni-web.jp/)と、オフラインでの「みんなと会う会」というお話会の場を無償で提供することで、少しでも多くの命をつなぐために活動を行っている。

■性的マイノリティ、社会不適合などすべての問題と向き合ってきた

 現在までにモカさんが600人以上の人たちと向き合ってきた中で、性的マイノリティの人が多いのは、モカさん自身が元男子のトランスジェンダーだからだ。

 他にも、学校や一般企業に馴染めない社会不適合、躁鬱などメンタルの問題や自殺願望に悩まされる人などが多いという。みんな、モカさんが経験してきた問題だ。

“あなたの人生、いまは真っ暗でしょ。でも、真っ暗だけが人生じゃない。
この世界はどっかに光がある。じゃあ、君の光はどこだろう?”

 ある相談者にこう語りかけ、一緒に夢中になれるものを探そう、と前向きになることを促すモカさん。相談者たちがモカさんの言葉に励まされるのは、モカさんも同じ悩みを抱え、克服してきたからこそなのだろう。そして、アドバイスの根底には、相談者への深い共感と「そのままでもいいよ」という肯定感がある。

■すべて順風満帆だったのに飛び降りてしまった理由は?

 同時に多くの相談者も疑問に持つのは、モカさんが飛び降りた理由だ。というのも、モカさんは仕事もプライベートも、うまくいっていたのである。

 社会不適合な性格から、一般企業で勤めるのはむずかしかったそうだが、21歳で起業し、LGBTを対象にしたイベントや飲食店経営で会社は今も成長中であり、年収は1千万円を超えた。

 24歳の時にはタイで性別適合手術を無事に終え、戸籍上の性別・名前も含め、晴れて女性となった。そして子どもの頃持っていた漫画家になる夢も、出版予定が決まり叶う目前だった。はたから見れば、すべてが順風満帆なはずなのに、モカさんは自殺へと踏み切ったのである。

 その理由は本書に委ね、本稿では、個人的な理由だけではない、とお伝えしておこう。個人的な課題はすべて克服したが、どうしても耐えられないことがあったという。その詳細は、本書から正確に読み取っていただきたい。

 モカさん自身のケースからも、自殺をしようとする心理の複雑さがうかがい知れる。仕事もプライベートも充実しているように見えて、内なる孤独との闘いに耐えられなくなる人もいるだろう。ボランティア活動を通じてモカさんは、そうした人々の根っこにある孤独感を、なんとか分かち合おうとしているのだ。

■10代前半の子どもの自殺率は急増している

 本書にはこのほか、モカさんの悩み相談から見えてきたこと、メンタル強化法、テーマ別の悩み対策やアドバイスなども掲載されている。心に癒しが欲しい方や、自殺問題の解決に関心がある方はぜひ本書をご一読いただきたい。

 2万840人。これは昨年、自殺した人の数である(「平成30年中における自殺の状況」厚生労働省・警察庁より)。総数は減少傾向にある一方、「10代前半の子どもの自殺率は2010年以降、急増している」(ニューズウィーク日本版2019年3月13日配信)という気になる指摘もある。

 モカさんは本書で、「日本の数々の問題の中で、自殺より問題なことはありますか?」と問いかけている。命ほど大切なものはこの世にはない。国民全体でもっと真剣にこの自殺の問題を考えるべき時なのかもしれない。

文=町田光