ネコの繁殖の抑制に「TNR(捕獲・不妊去勢・再放逐)」は有効か? ネコと人間の共存の道は険しい

暮らし

2019/5/12

 今年の4月、英科学誌電子版に上智大学の研究論文が掲載された。その論文によれば、ネコは名前を呼んでも反応しないことがあるが、ちゃんと他の言葉と区別して自分の名前を認識しているという。つまり、ネコは知能が低いわけではなく、呼ばれたからといって返事をするかどうかはネコの気分次第というわけだ。20年ほどネコを飼っていた私も含め、愛猫家にとっては何を今更と思うものの、科学的な検証と裏付けは大事だろう。

『ネコ・かわいい殺し屋―生態系への影響を科学する』(ピーター・P・マラ、クリス・サンテラ/築地書館)

 しかし、ネコの生態を科学的に調査した『ネコ・かわいい殺し屋―生態系への影響を科学する』(ピーター・P・マラ、クリス・サンテラ/築地書館)に記された内容は、愛猫家にとってショッキングかつ衝撃的であるに違いない。

 イエネコは世界最大の愛猫協会の登録簿に基づくと、現在のところ約90もの品種があり、約400品種あるとされるイヌの登録品種には及ばない。しかし、ネコと人の関係は9500年前までさかのぼれるという。1万年前にウシやブタの家畜化が始まり穀物も栽培するようになると、ハツカネズミとかイエスズメといった野生動物が穀物を食べることから、その駆除のためにネコの家畜化が始まったと考えられている。

 イヌが雑食できるのに対してネコは体の仕組み上、動物性タンパク質と脂肪の摂取が不可欠な肉食動物である。だからこそネコは、強靭な足指に格納される鋭い爪を持ち、鋭い犬歯で獲物に噛みついて致命傷を負わせる能力を有している。そしてネコの狩りの特徴は、空腹でなくても獲物の動きに刺激され殺傷することである。

 そんなイエネコによる破壊力はすさまじく、南西太平洋に位置する島国のニュージーランドは数百万年にもわたり人類の影響を受けていなかったのだが、1800年代にイギリス人が訪れた際にイエネコを持ち込むと、わずか1年のうちに現地の固有鳥類の特定種を絶滅させてしまったそうだ。

 ところでイエネコの分類は案外と難しく、地域のボランテイアで面倒を見ている「地域ネコ」と「野良ネコ」は、似ているようでも違うし、一般に飼いネコでも自由に家と外への出入りをさせていることが多いだろう。国際コンパニオンアニマル管理連合では、人間とネコの関係を「所有」「半所有」「非所有」という3つに分類しており、本書においてはある程度の時間を屋外で過ごすネコを指す用語として「free-ranging cats」を用いていて、「野放しネコ」と訳されている。

 そして、その「野放しネコ」の脅威が侮れない。先のニュージーランドの例でも明らかなように、飼いネコであっても屋外にいる間に多くの野生動物を殺していることが、最新の野外研究で明らかになっているからだ。たとえば、アメリカが各国と結ぶ渡り鳥条約法は渡り鳥の保護を目的に人間による採集や捕獲などを禁じているが、現実にはネコの脅威が大きく、法律と現状がミスマッチしている。また、ネコの腸に生息するトキソプラズマ原虫が引き起こすトキソプラズマ症は人間も発症する寄生虫感染症であり、妊娠中の女性と胎児に重大なリスクが生じる。

 では、日本でも取り組んでいる自治体がある「TNR(捕獲・不妊去勢・再放逐)」は、ネコの繁殖の抑制に有効なのかというと、どうも難しいようだ。達成するためには特定の地域において、実に94%を不妊化したうえで、新たなネコが参入しない環境を維持しなければならない。にもかかわらず、ネコを殺処分することは愛猫家はもちろん、動物保護団体だけではなく多くの人々から非難の声が上がり、「多くの行政組織がTNR推進の立場を当然と考え、(中略)ネコ擁護者が世論という法廷で間違いなく勝利する」ことの危険性を本書では指摘している。本書は決して、ネコを駆除することを目的としているわけではない。ネコとの共存には科学的な裏付けと知恵が必要であり、その方策を模索するのは喫緊の課題なのだ。

文=清水銀嶺