議論下手の原因になっている“日本語のワナ” 気づいてる? 世界基準の「議論の掟」とは

ビジネス

2019/5/27

『議論の掟』(白川司/ワック)

 以前、私が会社の電話で、自分の上司を呼び出されたときのことだ。たまたま上司が不在だったため、「●●さんは今でかけております」と言ったら、電話を切ったあと、それを聞いていた先輩から「外部の人に対して、会社の内部の人に敬称を使うのはおかしい」と怒られた。

「ちゃんとした敬語を使えるようになりなさい」

 社会人にとって、立ちふさがる壁の1つが、正しい敬語の使い方だ。しかし、その敬語こそが、我々日本人の議論が効果的に進むことを阻む障害になっているとしたら、どうだろう。

『議論の掟』(白川司/ワック)は、日本人が苦手とする議論について、なぜ日本型議論が効果的になりにくいのか、その要因と解決策を、日本語という言語からアプローチした1冊である。

 冒頭の通り、日本語を使う者にとって、敬語は切っても切れない言葉だ。「私はこう思います」「それについて、どう思いますか?」というような丁寧語で会議を進めることは、議論の妨げになることはないだろう。

 しかし、聞き手を持ち上げる「尊敬語」、自分を下げることで間接的に相手を上げる「謙譲語」を議論の場で用いると、しばしば厄介な問題が起きる。

 たとえば上司と意見を交える際を想像してほしい。上司の意見を「部長が“おっしゃった”“ご意見”」という尊敬語で評し、同時に自分の意見を「わたくしが“申し上げた”“愚見”」と謙譲語で評した場合、議論の場においてどちらがその影響が大きくなるだろうか。もちろん内容だけで判断されるなら、どう言い表そうと影響はないだろうが、しかし、実際の場面においては“ご意見”の方が、圧倒的に有利である。なぜなら尊敬語で装飾された意見に対して、否定的な言葉をつづけることは難しいからだ。

 尊敬語を使うのは、立場上、若い社員の方が多い。たとえ彼らが鋭い意見をもち、発言したとしても、彼らが使用する尊敬語と謙譲語が、彼らの言葉を弱くしてしまうのだ。しかも自分の意見に対しては「愚見」という負のレッテルまで貼っているのだから、彼らと彼らの上司との間で公平に意見を交わすことは至難の業だ。立場の上下によって言葉の影響力は大きく変化する。そのため日本型の議論ではどうしても年功序列式に上の者の意見が取り上げられやすくなってしまう。

 解決策の1つに、著者は「英語を社内の公用語にする」と提案している。めちゃくちゃな意見のようだが、日本語を封じることによって、日本語が生み出してしまうアンバランスな力関係から解放され、内容を重視した効率的な議論になることが予想される。

 著者はさらに「明確な目標を設定する」という提案もあげている。日本型議論は「どんな意見か」より「誰の意見か」が重視されてしまう。そのため、誰の意見が正しいかという争いになりがちであり、「相手を黙らせる=議論に勝つ」ということが議論の最終目的に陥りがちになる。議論は、問題解決のための作業であって勝負ではないということに留意しなくてはならない。

 時代は常に動いていく。日本のみでしか通用しない議論のマナーやルールになんとなく従うばかりでは、国際化しつつある社会に対応できなくなるだろう。

 自分たちの言語の特徴を知ることで、より効率的な議論を生み出すことになる。本書はそのきっかけとなる1冊である。

文=音田アユム