壊したくない「関係性」ってありますか? ウイスキーの役割と『男ともだち』のこと

文芸・カルチャー

2019/5/28

『男ともだち』(千早茜/文藝春秋)

 久しぶりに会った男友達が、煙草を吸いながら「ウイスキーが好き」と言った。まだ22歳くらいの頃だ。いつ、どこでそんなことを教わったよ、と内心憤った。私は昔から、人がウイスキーを飲み始めるきっかけ、が気になってしょうがない。お酒を飲み始めたばかりの若者が入り浸る安価な居酒屋でウイスキーデビューする機会があるとは到底思えない。ビールやサワー、カクテル、焼酎、日本酒までならまだわかる。ウイスキー以降(ラムやブランデーなども)は、「確固たる意志をもって開かれた扉」という感じがするのである。「バーで年上の人に勧められて」あるいは「大人になりたくて」など、そのきっかけは、何らかの「大人」への憧れを孕んだものがほとんどのはず。一体きみは、どんなことを思い、その扉を開いたのかね? 22歳の私は、同じく22歳の男友達に心の中で問うた。

 そこで私もバーで肩を並べてウイスキーを飲みでもしたら、その関係性は違ったものに変化したのかもしれない。けれど、それだけは嫌だった。中学生のときのままの関係性でいたかったのだ。中学生の私はウイスキーを飲まない。だったら、飲んではダメだ。壊したくない。こういう「壊したくない関係性」のことを私は、小説『男ともだち』(千早茜/文藝春秋)にあやかって「ハセオ的な関係性」と呼んでいる。

『男ともだち』は、誰よりも互いを信頼し、助け合っているけれど、決して男女の関係にはならない神名(かんな)とハセオの物語。妻子持ちの医者と不倫をし、「誰とでもセックスできる」と割り切った姿勢を崩さない神名が、唯一、身体を重ねようとしない相手がハセオだ。神名もハセオも、その子どものような関係性が壊れないように必死でしがみついているようにも見える。

 この作品は、神名とハセオを通して「関係性」というものに思いを馳せる一冊だ。この出会い方だったから、何歳のときに会ったから、誰それの紹介だったから、などなど、「その状態」じゃないと成り立たないかもしれない関係性は周りに山ほどあると思わされる。

 私は両親と過ごすときは、お酒を一滴も飲まない。飲んでしまったら、「親と子ども」という関係性が崩れてしまう気がするのだ。いつまでもオレンジジュースを頼む子ども、を演じているようなところがある。これもまた、私の中にある「ハセオ」なのだろう。

 ウイスキーにはきっと、そういう「ハセオ的な関係性」を壊す力がある。22歳のときの友人も、何かを壊したくて、扉を開けたのかもしれない。そんなことを思い出しながら「ブラックニッカ ディープブレンド ナイトクルーズ」を飲んだ。ウイスキーを飲むのは人生でまだ2、3度目。私の扉はまだ、開いてない。

文=朝井麻由美
【ダ・ヴィンチニュース編集部/PR】