シーズン終了後の解雇…「2軍のリアル」を描く『ボス、俺を使ってくれないか?』

マンガ・アニメ

2019/5/22

『ボス、俺を使ってくれないか?』(中溝康隆:原作、富士屋カツヒト:漫画/白泉社)

 かつて『プロ野球選手という生き方』という書籍の制作を手伝ったことがある。ドラフト直前・入団から始まり、引退までプロ野球選手がどのような環境の中で、どのように生活をしているのかを、取材をもとにまとめた本。「トレードが決まったら、引っ越し費用は負担してもらえるのか?」など、ふだん、あまり表に出ないプロ野球選手の日常が細かく解説されていて、野球好きとしては興味深い一冊であった。

 漫画『ボス、俺を使ってくれないか?』(白泉社)も、ある意味、そんなプロ野球選手のリアルな人生、日常を描いた作品だ。原作は中溝康隆の同名著書。そちらは選手を筆頭に監督や記者、売り子などプロ野球に関わる様々な人間の生き様が綴られるエンタメ小説。漫画版は、その中から「崖っぷちの若手2軍投手」を主軸に小説のエッセンスが全編に散りばめられている。

 物語はタレント豊富な人気球団に所属する主人公の大卒3年目のピッチャー・石原昌利が、2軍の試合前にロッカールームでトランプに興じている場面から始まる。この石原のキャラクター設定がリアルで細かい。プロ野球選手にはなったものの1軍未経験。「チャンスは平等」といわれつつ、実際はドラフト上位入団の新人や新外国人に優先的に登板機会が回っていく現実に腐り気味。シーズン終了後の解雇も頭に浮かび始め、年上の彼女には結婚と、それにともなう彼女の実家の家業を継ぐ未来の選択をチラつかされる……と、「崖っぷちの2軍選手」の条件がこれでもかと注ぎ込まれている。

 この石原の姿は、決して誇大に表現されているわけではない。我々がふだん目にしている華やかなスター選手の姿は、プロ野球のほんの一部。多くの選手は石原のような日常を送っているのが現実だ。その点で、本書はあまり報道されない、しかし、見方を変えれば一種の典型的プロ野球選手の姿を知ることができるともいえよう。

 こういった「2軍のリアル」を描く作品は過去にもあった。ただ、その多くはノンフィクションであり、本書のようにフィクションの題材とされている例は珍しく、それが特徴。つまり、リアルを伝えるだけではなく、エンタメ漫画としてのストーリー的盛り上がりもきっちり用意されている。原作者の中溝は、『プロ野球死亡遊戯』など気っぷのいい野球コラムで知られるが、その筆致や視点は、エンタメ小説や漫画との相性がよいのかもしれない。果たしてどん底にいる石原の結末はどうなるのか……ぜひ本書で確かめてほしい。

文=田澤健一郎

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