食のこだわりの話をしようぜ! 東海林さだおが語る、定年後からの男メシの作法

食・料理

公開日:2019/5/29

『定年後からの男メシの作法』(東海林さだお/SBクリエイティブ)

 今は「人生百年時代」などと言われ、老後の楽しみを模索している人も多いようだ。定年後にしたいこと、しなければならないこと、色々とあるが、生きている限り絶対に逃れられない行為の一つとして「食」が挙げられる。

 言い換えれば、「食」はどんな人でも楽しむことができるし、放っておいてもあれこれと考えてしまう日常行為でもある。

 食についてこだわりの強い中高年男性に是非薦めたいのが、『定年後からの男メシの作法』(東海林さだお/SBクリエイティブ)というエッセイ集だ。漫画家、エッセイストとして人気を博す東海林さだお氏の“男メシエッセイ”を、60歳以降の作品に絞って厳選した1冊だ。

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■ラーメンのスープは底から2、3センチ残す

「食べ物は残さない」という人でも当たり前のように残すものの代表格が、麺類のスープ(おつゆ)だ。スープは麺に絡ませるためのものだから残す方が普通、という意見も間違ってはいないだろうが、やはり著者のようにこだわりの強い人にとっては重大な問題であるようだ。

 たいていの人はラーメン丼の底から2センチ、あるいは3センチあたりまでのスープを残すようで、大人になればなるほど、スープを最後までぐっと飲むことが躊躇われる傾向にある。

 この社会通念めいた感覚は、日本人特有の「何事もあいまいにしておきたい」「あからさまを嫌う」美徳によるところが大きいのではないかと著者は分析する。スープを飲み干すと「ひもじい人」と思われる危険性もあるため、少し残す方が無難だという意識が働くのだとか。

 実は筆者は少し前に、人生でトップ3に入るような非常に美味いラーメン屋を見つけた。その時ばかりは感動にレンゲが止まらず、しまいには丼を持ち上げてスープを最後の一滴までずずっと飲み干してしまった。

 しかしそれと同時に、カウンターの隣で麺を啜っている女の子にこの姿をどう思われているのだろうかとかなり気にしてしまっていた。ラーメン好きで見栄っ張りな男ならば、痛いほど共感できるのではないだろうか。

■名古屋の味覚・小倉トーストを家で楽しむ

 ひつまぶし、味噌カツ、きしめん、エビフリャー、手羽先、あんかけスパなどと並んで有名な名古屋グルメが、小倉トーストだ。小倉トーストは基本的に普段のバタートーストにアンコを塗る(もしくは挟む)だけなので、自宅でも気軽に楽しむことができる。

 パン+アンコという組み合わせではかの有名なあんぱんがあるが、それと小倉トーストとの決定的な違いは「バターを塗る」ことだと著者は語る。

最初にあみゃー(甘い)というのがきて、と思うまもなく、バターの塩気と香りと焦げたパンの香りがそのままあみゃーに加わり、口の中にそれらが入り混じった香りが立ちこめ、確かにいままで体験したことのない味に立ちあうことになった。
合います、アンコとバターとパン。

 バターが洋で、アンコが和。複雑な味の振れ幅に口の中は大騒ぎなのに、絶妙な調和がとれていて最高なのだとか。こうなってくると、小倉トーストの後の飲み物はコーヒーなのか、それとも日本茶か、悩ましい。

 この新たな問題に対し、著者は「コーヒーとお茶の両方を用意しておいて、欧米か、と思ったときはコーヒー、和風か、と思ったときは日本茶を飲む」という至極シンプルな解決策を提案している。ただ、お茶とコーヒーを混ぜてしまうのはまた違う問題になってしまうようだ。

「食」は健康でいる間はずっとつきまとう行為であり、常にあれこれと考えてしまうテーマだ。どうせなら、そのこだわりや些細な疑問も思う存分楽しんでしまおうではないか。

 タイトルの通り定年からの「男メシ」に最適な本書だが、食べることが好きなすべての人をクスリとさせるエッセイ集であると感じた。

文=K(稲)