「売るプロセス」も商品の一部だ――「完売王」の異名を取る男のゴールデンルールとは?

ビジネス

公開日:2019/6/3

『ヒット商品の絶対法則』(河瀬和幸/ぱる出版)

 完売王――。まるでマンガやドラマに登場するキャラクターのような異名を取る人物がいる。『ヒット商品の絶対法則』(河瀬和幸/ぱる出版)の著者、河瀬和幸さんだ。百貨店や大手雑貨店などの売り場に立ち、「いつでも」「どこでも」「どんな商品でも」、他の販売員の7倍を売り上げる伝説の男だ。

 河瀬さんはどんなときも売り場に立ち続け、約3万時間、接客総数25万人以上を観察した。結果、どんなモノがどうやって買われていくのか、その法則を発見したという。本書は伝説の男が書き下ろした、まぎれもないヒット商品の絶対法則だ。

 今年10月の消費増税(予定)を前に、消費の落ち込みを心配する経営者や販売員が多い。赤字や売り上げの数字が気になって仕方がなくなったら、ぜひ本書を読んでほしい。完売王が語る販売のノウハウに思わず目が覚めるだろう。

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■ヒットした商品に隠れる4つのプロセス

 河瀬さんによると、「ヒットした商品には、次の4つのプロセスが隠れている」と語る。

1)「価値のタネ」を見つけるという、独自性の発見
2)「価値のタネ」を育てるという、顧客価値の創造
3)「価値のタネ」をカタチにするという、価値スタイルの形成
4)「価値のタネ」を伝えるという、物語の発掘

 本書ではこれら4つのプロセスを順に追って解説している。完売王の異名を取るほどさまざまな商品を売り上げた河瀬さんだからこそ4つの法則を見出し、それらを惜しみなく読者に伝えられるのだろう。

 ところが商品開発に関わるビジネスマンは、世の中に一握りしかいない。やはり既存の商品を「売る」という仕事の人が圧倒的に多いはず。そこでこの記事では、4つ目の“「価値のタネ」を伝える”にしぼってご紹介したい。

■伝説の完売王が何度も口にするゴールデンルール

 本書の中でも河瀬さんが口を酸っぱくして何回も繰り返すゴールデンルールがある。

 「認知は購買を誘発する」

 ちょっとマーケティングをかじった人なら当たり前に感じるこのルール。だからといってなめてはいけない。これが商品をヒットに導く上でどれほど大事か、本書で再確認してほしい。

 たとえば「食品ラップ」のことを読者はなんと呼ぶだろう? 「サランラップ」と呼ぶ人が一定数いるはずだ。筆者は「宅配便」のことをいつも「宅急便」と呼んでしまう。ヤマト運輸の配達サービスの名前なのに、どうしても宅急便が抜けない。ちなみに誰もが口にする「ホッチキス」の正式名称は「ステイプラー」だそうだ。ホッチキスもまた特定の商品名なのだ。

 このように人の心に深く根差した商品やサービスは、どれだけ細々とした売上だろうと消えることはない。ところが、ここまでに至る商品はほんの、ほんの、ほんの一握りだ。多くの企業がさまざまな商品を開発し、CMなどでめちゃくちゃにお金をかけて宣伝する。自前のサイトで盛んなPRを行う。しかし消費者である私たちは流し目で見ているだけで、大半は覚えていない。各有名お菓子メーカーで新発売された商品名をすべて答えられる人など、業界人以外ほぼいないはずだ。

 「認知は購買を誘発する」

 これがどれほど難しいことかご理解いただけたはずだ。だから企業は広告宣伝に巨額のお金をかけ、消費者にむなしくもスルーされ、それでも新商品を開発して第二の「宅急便」を目指すのだ。

 そして河瀬さんを「伝説の完売王」たらしめた「対人販売」においては、人の心に深く根差すための「認知」が最も重要になる。そのノウハウを本書よりご紹介したい。

■販売は「着想の良し悪し」で決まる

 河瀬さんが実演販売した商品の1つに、クリーム状の食用油脂(ショートニング)がある。焼き菓子のサクサク感を出すばかりか、「心筋梗塞になりにくい」というポイントがあった。しかし値段は他の商品より3倍も高い。このショートニングは「誰にも知られない商品」となっていたため、河瀬さんのもとへ依頼が来たのだ。

 だが、ショートニングの実演販売は難しい。包丁や洗剤のように、特徴を見せやすい商品ではないからだ。ただ「いらっしゃいませ、お試しくださいませ」という姿勢では当然売れない。「常温で植物油は固まらない」「固めるためには水素が必要」「そうすると心筋梗塞を引き起こすトランス脂肪酸が発生」など、ややこしい説明を店頭販売で聞いてくれる人はほとんどいない。

販売は「着想の良し悪し」で決まる

 お客様にその商品の素晴らしさをどのように知ってもらうか。この工夫こそが販売員の腕の見せ所だ。

 河瀬さんは食用バナナをショートニングに放り込んで、「大学芋」ならぬ「大学バナナ」を作って、そのレシピを小さな紙に印刷した。そしてお皿に盛り付けてお客様に試食してもらい、「美味しいわね、この大学芋!」という言葉を待った。

 そんなこと知る由もないお客様は、もちろん「この大学芋、美味しいわね!」と言う。そこで待っていましたとばかりに「美味しいでしょ、この大学バナナ!」と返す。お客様は決まって「えっ? バナナなの?」と驚くので、すかさずレシピを渡して心をつかむのだ。

 そして頃合いを見て、「お客様、その大学バナナ、サクサク食べられたでしょ? 意外と胃に重くないと感じません?」と切り出し、「そうね~」と頷いたところで、「心筋梗塞になりにくいショートニング」の話をするのだ。

 この「大学バナナの実演販売」の中には、「購買を誘発する」ために、「人の心に深く根差す」の販売の着想のヒントがつまっている。最後に河瀬さんの言葉を紹介したい。

商品に自信を持って自分の売り方にプライドがある人は、「売るプロセス」にも力を置くものです。私は「売るプロセス」にとても関心があるし、そこに力を置きます。「売るプロセス」も商品の一部だからだと私は思うからです。

 伝説の完売王の言葉には説得力がある。本書には圧倒的な販売のノウハウがつまっている。消費の落ち込みを心配する経営者や販売員は数字を気にする前に、まずは自身が抱える商品の「売り方のプロセス」を見直してほしい。

 「認知は購買を誘発する」

 このゴールデンルールを真に理解したとき、訪れるであろう消費増税の波も、きっと越えていけるはずだ。

 文=いのうえゆきひろ