挨拶を返さない人、うなずかない人、仕事を手伝わない人…共感障害者との付き合い方

ビジネス

公開日:2019/5/30

『共感障害 「話が通じない」の正体』(黒川伊保子/新潮社)
『共感障害 「話が通じない」の正体』(黒川伊保子/新潮社)

 挨拶を返さない、話を聞いてもうなずかない、周囲が忙しそうなのに仕事を手伝わない…など、“人として当たり前”のことをしない人が周囲にいる。そんな「この人どうなの?」と思ってしまう人が同僚や部下にいれば苦労が絶えない。

 社会人になると、空気を読んだり、常識で考えたりして行動に移す“当たり前”のことが一気に増える。たとえば、部下は上司と一緒のとき、エレベーターにいち早く乗って、ボタンを押す。しかし、部下の中にはしない者もいる。上司が理由を聞くと、「言われていないから」「押すタイミングがわからない」。こういった部下は、エレベーターだけではなく、全般的に空気を読んだり常識で考えたりできず、当たり前のことができないため、「気が利かない」「使えない」「頭が悪い」という烙印が押されがちだ。

 しかし、『共感障害 「話が通じない」の正体』(黒川伊保子/新潮社)は、そういった烙印を押すことは短絡的だとする。本書によると、それは著者が「共感障害」と呼んでいる脳のトラブルの一種が原因となっているかもしれないからだ。

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 本書が定義する「共感障害」とは、人の気持ちを感知する能力が欠損していたり、人の意識や所作を感じることができなかったりする症状をいう。共感障害には自閉症、ADHDも含まれるが、本書は今、光を当てないといけないのは、自閉症でもADHDでもない“第三の共感障害者”だとしている。

 本書によると、通常、人と人との間での“わかり合えない”感じは、人それぞれがもつ思考スタイルをつくり出す「認識フレーム」のバランス差によって生じる。まず大きく分けられる認識フレームは、「ゴール指向」と「プロセス指向」。人はゴール指向のとき、結論を急ぎ、問題解決を旨とする。プロセス指向のときは、経緯を知りたがる、あるいは語りたがって、共感を旨とする。誰もがどちらももっているが、バランスには個人差があり、性別などでも変わってくる。たとえば、情がからむ話においては、男性はゴール指向を、女性はプロセス指向を使う傾向が強い。男性が女性に思う「だから結局、何がしたいんだ?」、女性が男性に思う「答えを聞きたいんじゃなくて…」という差が生まれる原因がここにある。

 もうひとつ、「典型フレーム」優先か「独自フレーム」優先か、という差も“わかり合えない”感じに影響を与える。社会通念的な「典型フレーム」は、いわば社会生活をする上での定型のような思考スタイルなので、このフレームを多くもつと、空気を読む、常識で考えるといった結果導き出される言動をスムーズに起こしやすい。一方、独自の着眼点をつなげた「独自フレーム」を多くもつと、人と違った発想ができる。前者だけでは人生はつまらない。後者だけでは人生が破滅的になる。やはり、このフレームも人によってバランス差があるため、ふとしたときに「今、それを言う?」といった“わかり合えない”感じを表出させる。

 と、ここまで「認識フレーム」の違いについて説明した。通常、認識フレームの差で人はわかり合えない、話が通じない場面に出会う。しかし、理解をしようとするなどの工夫があれば、壁を乗り越えられる。ところが、本記事の本題である共感障害のある人は、これが困難だと本書は述べる。認識フレーム差以前に、共感障害によって、お互いの間でコミュニケーションロスが起こっているからだ。そして、このコミュニケーションロスは年々増しているという。なぜなら、先に述べた“第三の共感障害者”が増大しているからだ。自閉症でもADHDでもなく、共感障害を引き起こす原因は、ミラーニューロン不活性による、と本書は述べる。

 ミラーニューロンは、鏡の脳細胞とも呼ばれる細胞で、目の前の人の動作をそのまま自分の神経系に、さながら鏡のように写し取る。目の前の人が満面の笑みを浮かべれば、ミラーニューロンの作用で、自分もついつられて微笑んでしまうのだ。本書は、自閉症児はこのミラーニューロンがうまく機能していないと予測する。自閉症児ではなくとも、生まれつき人よりミラーニューロンが作用しにくい子どもはいる。そういう子どもは、たとえば人に挨拶ができないという姿を見せる。しかし、ミラーニューロンで周囲の動作をしぜんに写し取れなくとも、8歳頃までであれば、しつけによって所作や概念を刷り込ませることができる。挨拶をさせる、人の話にうなずくようにする、周囲を手伝わせるなどは、幼い脳であれば大人がサポート可能なのだ。

 “第三の共感障害者”は増大していると先に述べた。その理由のひとつは、大人のしつけ不足があるのかもしれない。そして、本書が考えるもうひとつの理由も見逃せない。それは授乳中のスマホ視聴だ。授乳中は、赤ちゃんの口角周辺の筋肉は、三次元的に微細に動いている。お母さんの表情筋を読み取って、自分の表情筋に伝えやすい。ミラーニューロンが最も有効に使われるこの時間に、お母さんの目がスマホやゲームに向いていると、赤ちゃんはコミュニケーションの認識フレームをうまくつくり出せない。

 このように“第三の共感障害者”が誕生する要因は、主に子ども時代にあると考えられる。自分の同僚や部下が共感障害者の疑いがある場合には、どうすればよいのだろうか。大切なのは、“暗黙の当たり前”を求めず、かつそれができないことを怠慢や傲慢にすり替えないこと。あなたが上司であれば、部下がすべきことを絞り込むなど、うまく扱うための戦略を練るといい。

 本書によると、共感障害者には2パターンある。1つ目は「朗らかな共感障害者」。周囲の気分に引きずられず、「どうしよう」より「どうにかなる」と考える。2つ目は「内向的な共感障害者」。細かいことが気になって仕方ない、同じことを飽きずに延々と続けられる、という特性をもつ。こういった部下はうまく扱えば、「朗らかな共感障害者」はムードメーカーとして、「内向的な共感障害者」は職人的なポジションで活躍させられる可能性がある。

 共感障害者は、本人としてみれば悪気がなく、やる気はあり、人の話を聞こうともしているのに、なぜかそばにいる人をイラッとさせたり、ガッカリさせたり、モチベーションを下げさせてしまったりする。本書を読んで共感障害を理解することで、上司であるあなたは、自分だけでなくチームの成功を呼び込めるかもしれない。

文=ルートつつみ