イタリア在住35年でパスタは嫌い!? 人気漫画家が教える本当のイタリアングルメ

食・料理

2019/6/2

『パスタぎらい』(ヤマザキマリ/新潮社)

「イタリア料理」「フランス料理」といった言葉を聞くと、高級ディナーを思い浮かべてしまうのはどうしてなのだろうか。我々日本人にとって、いまだ本格的な西洋料理とは「レストランで食べるもの」という思い込みが強いのかもしれない。

 しかし、『テルマエ・ロマエ』などで知られる漫画家・ヤマザキマリさんの考え方は違う。イタリア在住35年の彼女にとって「イタリア料理」とは食卓の日常である。幻想も理想もないからこそ、ヤマザキさんは冷静にイタリア料理を語る言葉を持っている。『パスタぎらい』(ヤマザキマリ/新潮社)はヤマザキさんが日本の読者に伝授する、本物のイタリア料理ガイドだ。

 タイトルにもある通り、ヤマザキさんはパスタが好きではない。日本人からすれば、パスタはピザと並ぶイタリア料理の代表格である。どうして現地に住む人がパスタを嫌いでいられるのか? それは、経済的に困窮していた時代に、一生分のパスタを食べてしまったためだ。日本では1皿1000円を超えることも珍しくないパスタも、イタリアでは1人前20~30円程度で作れてしまう庶民料理である。若かりしヤマザキさんの胃袋はパスタによって救われた。そのかわり、今ではナポリタンやタラコソースのような「和風パスタ」でなければ、胃袋が受け付けなくなってしまった。

 このように、本書は「イタリア料理=値段が高い」という日本人のイメージをことごとく覆してくる。そもそも日本人が海外に移住したところで、簡単に味覚がその国に染まるものではない。一般的にはイタリア食に詳しいと思われているヤマザキさんでさえ、「ソウル・フードはラーメン」と断言する。ちなみに海外で人気の日本食はたこ焼きやお好み焼きなど。結局、世界中の人々に受ける食べ物とは高級メニューではなく、その国のソウル・フードなのではないかとヤマザキさんは悟る。ちなみに、ヤマザキさんの南米出身の友人も、日本のラーメンは大絶賛しているらしい。

 知られざるイタリア料理の魅力が描かれている点も興味深い。フィレンツェでの学生時代、ヤマザキさんがもっともお気に入りだった料理が「ランプレドット」だった。牛の第四胃袋を煮たものであり、日本なら「モツ煮込み」と呼ばれていただろう。しかし、ランプレドットは日本人からの知名度が低い料理だ。ランプレドットを振る舞うのは値段の安い大衆店ばかりで、ガイドブックに載っているような観光客好みのレストランでは扱っていないからである。ちなみに、地元民以外のイタリア人からもモツの人気は低い。肉は金持ちが食べて、内臓は貧乏人にまわされるという風習の名残ではないかとヤマザキさんは推測する。

 ヤマザキさんの食事への向き合い方は自由だ。高いから美味しいものとも、イタリア料理だから優れているとも書かない。パンなどの一部の食品については、はっきりと「日本のほうが美味しい」と主張する。世界中のどのポテトチップスよりも、日本で普通に売られているポテトチップスが美味しいと述べているのは清々しい。一方で、オリーブオイルやバルサミコ酢など、イタリアの食文化で「いい」と思ったものは積極的に取り入れる。イタリアの空気になじんでいるからこそ、ヤマザキさんには現地人に合わせて背伸びをする必要がないのだ。

 ヤマザキさんは「美食家ではない」と自覚している。それゆえ、出される料理や食材に対していつも寛容だ。彼女は食事を映画鑑賞や読書に近いと考えている。

高級なフランス料理であろうと、十円で買えるスナック菓子であろうと関係ない。想像力を湧き立たせ、気持ちを豊かにしてくれる料理こそが、私にとってのご馳走なのだ。

 もしもイタリアに足を運ぶ機会があれば、有名店をまわるだけでなく、ヤマザキさんが紹介しているようなソウル・フードを食べてみるのも一興だろう。

文=石塚就一