超ド派手な病人はいかにして誕生した? 脳梗塞から復活したラッパー渾身の自伝

小説・エッセイ

公開日:2019/6/5

『ダースレイダー自伝 NO拘束』(ダースレイダー/ライスプレス)

君の命はあと5年だ
もう良くならない すまない ごめんな THE BASSONS/「5 years」

 ラッパーのDARTHREIDER(ダースレイダー)さんが脳梗塞に倒れたのは2010年6月23日の早朝だった。MCで呼ばれたクラブで、強烈な眩暈と吐き気に襲われたのだ。それ以降、ダースレイダーさんの人生は闘病と切り離せなくなっていく。しかし、ダースレイダーさんはいつでもエネルギッシュだ。活動は停滞するばかりか、テレビ出演や執筆など、むしろ新しい挑戦が増えるばかり。『ダースレイダー自伝 NO拘束』(ダースレイダー/ライスプレス)は「超ド派手な病人」としての生き様が刻みつけられた、パンチライン満載の1冊である。

 運命の日、病院に運ばれたダースレイダーさんは3週もの間、止まらない吐き気と闘うことになる。ようやく固形食が食べられるようになっても、ほとんど吐く毎日。少し動くだけで頭がグルグルと回る。想像するだけで過酷な状況だが、ダースレイダーさんは自分なりにこの状況を楽しみ始める。

なんかしらの目標だったり、物語を自分で設定してそれをクリアしていく。
それが病院の中で、僕が試みた方法だ。それが不安を落ち着かせてくれた。

 命の危険すらある状況に負けないよう、ダースレイダーさんは入院生活をゲームのように捉えていた。トイレに自力で行くだけでも大冒険だ。止まらない吐き気も「吐けばレベルアップして病状が良くなる」と思いこむ。医学的根拠はなくても、吐くたびにファイナル・ファンタジーのバトル後のファンファーレを脳内に響かせ、前向きに過ごした。歩行のリハビリでは、体のメカニズムに改めて感動し、人間の凄さをかみしめる。もっとも、足がつれば感動どころではなくなってしまったらしいが…。

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 そう、本書は世にも珍しい「闘病エンタテインメント」である。もちろん、ときには不安や恐怖も吐露される。いいことばかりではないし、現実にショックを受けたこともあった。それでも、ダースレイダーさんはコミカルかつ力強い文体で、病人としての人生に新たなリアルを提示した。優れたラッパーは不幸な生い立ちすらも誰もが共感できる楽曲に変える。本書のポジティブさは、ダースレイダーさんがラッパー人生で培ってきたスキルの賜物だろう。

 思いがけない入院生活が、ダースレイダーさんにもたらしてくれたこともある。眩暈に苦しむダースレイダーさんにとって、病室での数少ない楽しみは音楽鑑賞だった。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランなど、今まで何回も聴いてきたアルバムをじっくり体験することで、音楽家として気づかされる点が多かったという。

 また、ダースレイダーさんは脳梗塞の影響で左目の視力を奪われてしまう。しかし、自分で眼帯をつけるようになってから「世の中にはイケてる眼帯が売っていない」という事実に気づく。そして、友人の力を借りて眼帯ブランド「OGK」を立ち上げるのだ。さらに、今では「片目のダースの叔父貴」という異名までヒップホップ・ファンの間では浸透している。ダースレイダーさんは病気に屈せず、共生することで新しいトレードマークを手に入れた。

 2017年、ダースレイダーさんは腎不全などにより、医師から「何もしなければ余命は5年」と宣告される。それでも、彼は歩みを止めない。THE BASSONSなどで積極的にライブ活動や音楽制作を続け、ジャンルの違う人々とも交流を深めている。一時的とはいえ、オフィス北野に所属するタレントとして活動した時期もあった。

僕は病室に居るときに体験した、パジャマ姿で弱っている「病人らしい姿」という同調圧力に抵抗する為にもド派手な病人を自任している。

 ダースレイダーさんの哲学は、「世間が求める姿」ではなく、「自分がなりたい自分」として生きる大切さを教えてくれる。なお、本書に掲載されている入院生活を支えた名盤や、生きる糧であるカレーのコラムも見逃せない!

文=石塚就一