「うまくやろうとするな」あの“宇宙最強の悪役”を演じたベテラン声優に学ぶ仕事論

エンタメ

2019/6/15

『声優という生き方』(中尾隆聖/イースト・プレス)

 現代は情報があふれる時代だ。本を読んだり、ネットで調べたり、すでにあるお手本を皆が倣って、判を押したように画一的になってしまう。そんな中で教え子に「うまくやろうとするな」と声を掛け続ける人がいる。

『それいけ!アンパンマン』のばいきんまん役や『ドラゴンボールZ』のフリーザ役などの声優を務める中尾隆聖さんの『声優という生き方』(イースト・プレス)には、成功法則のない声優業界で60年のキャリアを持つ大ベテランの仕事の流儀が綴られている。

 彼の半生は、現代の仕事人から失われつつある反骨精神にあふれている。

■役者で食っていけると思うな

 5歳で文化放送のラジオドラマ『フクちゃん』(1957年)でデビューした中尾さんだが、声優になる気はなく、舞台役者を目指していた。そもそもお金のために役者をしている意識はなかった。「役者は食っていくための職業ではない」というのが世間の一般認識だったからだ。

 そこから第一次声優ブームを体験し、声優を稼げる仕事にしていくまでには紆余曲折あった。

 18歳で新宿二丁目にスナックを開いたが4年で潰す。神谷明さん(『北斗の拳』ケンシロウ役など)と演劇ユニットを組むも数回の公演で解散。結婚しても売れない役者とバイトの掛け持ちの日々が続いた。

 当時、親交のあった南沢道義さんを社長とする声優プロダクション「81プロデュース」の創設に加わったことで、ようやく仕事が安定するようになり、役者に専念して演技が磨かれていくことになる。

■若者はうまくやろうとするな

 あるとき、南沢さんが若手の役者をたくさん連れてきて、中尾さんに演技指導を依頼した。自分を引き立ててくれた大恩人の頼みだ。迷わず即答した。

「いやですよ」

 その頃の講師というのは、現場を引退した人がなるものという意識が強かった。嫌だったが断りきれず、しぶしぶ引き受けた。人に教えるからには真剣にやらねばと、演劇論や実践書を読み込むようになり。若手の演技相談を受けているうちに自分自身も演技の幅が広がったという。

 養成所に入ってくるいまの世代の教え子たちは、技術的にはとてもうまいという。トークもうまい。歌もうまい。踊りもうまい。だけれど画一的になりがちだ。声優のイメージができていくにつれ、それに沿わない個性は弾かれるようになってしまったと感じるという。

 だがアニメの声優オーディションは、似たような声質の声優は同時には選ばれない。一方、ハマり役があって人気があるうちはいいが、飽きられたら一気に仕事が減ってしまう。型にはまっていては生き残れない。事務所に所属していても、一人ひとりが自分の「看板」を作っていかねばならないのが声優という仕事だ。

 これは声優業界に限らず、どんな業種にも通じることだ。どんな職場であっても従業員一人ひとりが技術を磨いて、その仕事で食っていける実力をつけなければ組織として成り立たない。

 だが最近は指導する上司や先輩たちの余裕がないのか、部下のセンシティブな部分を避けて、当たり障りのない指導に終始しがちだ。それではいつまでも部下が育たないのではないだろうか。

 毎回のように若手に伝える「うまくやろうとするな」という言葉には、「いまのうちから丸くなんなよ!」という、厳しい業界を生き抜いてきたレジェンドの熱い激励が込められている。

文=愛咲優詩