消えた「ブロントサウルス」 ピー助は恐竜じゃない? 昔と現在の恐竜の違いをさぐる

文芸・カルチャー

公開日:2019/6/9

『恐竜・古生物ビフォーアフター』(土屋健、ツク之助/イースト・プレス)

 1980年に映画化された『ドラえもん のび太の恐竜』は2006年にリメイクされた際、恐竜の設定に最新の学説を取り入れていくつか変更がなされた。一方で、あえて取り入れなかった学説もあり、物語のもう一人(?)の主人公・ピー助のモデルであるフタバスズキリュウは、卵を胎内で孵化させる卵胎生で卵を産まないとされているのだが、旧・新作ともにのび太は卵から孵している。もっともそれを云うと、そもそもフタバスズキリュウは恐竜ではなく首長竜だから、タイトルが『のび太の首長竜』でなければおかしいということになり、学説にこだわるのは野暮の極みというもの。

 とはいえ、子供の頃には恐竜に夢中になってワクワクしたものだし、大人になった今も新しい学説が発表されたというニュースに触れると童心に返ってしまう。だから、昔と現在の恐竜に関する研究の比較を一冊にまとめた『恐竜・古生物ビフォーアフター』(土屋健、ツク之助/イースト・プレス)をネット書店で見つけた時には、すぐに購入ボタンを押してしまった。

 先にも書いたように、フタバスズキリュウは恐竜ではない。では恐竜とはなにかというと「直立歩行をする」のが特徴だと、本書の序章で解説されている。ここでいう直立歩行とは人間のように2本の脚で立つことではなく、ワニなどの爬虫類の脚が胴体の横についているのに対して、胴体から真下に向かって脚が伸びていることを指す。

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 この脚のつき方が議論になった恐竜がいて、それは両眼の上と鼻先に3本の角を持ち、後頭部に大きなフリルのある「トリケラトプス」だ。直立歩行と仮定して指が前を向いていたとすると肘が不自然な骨の組み合わせになってしまうため、ワニのように肘をはれば前脚の指は自然に前を向くという説があった。だが、トリケラトプスのものとみられる足跡の化石が発見されたことにより、2009年に新たな仮説が発表された。その仮説にもとづいた全身復元骨格が国立科学博物館に展示されていて、「小さく前へならえ!」したときのように、脚は胴体の真下に伸びながら指は外側を向いているそうだ。

 このように本書の特徴は、ただ学説を比較して解説するだけにとどまらず、化石を見学できる施設を紹介し、1970年代~1990年代に発行された書籍のうち発行部数や売れた本のタイトルが載っていること。実際に施設を訪れてみるのも良いだろうし、古い書籍も今ならネットで探すことが可能だ。さらに、詳しく知りたい読者のための参考資料が列挙されているのはもちろん、海外の論文を調べたい人のために、ネットでの「論文の調べ方」も載っている。こちらも、自動翻訳機能を使えば多少日本語訳が変でも、概要を理解するのはさほど困らないはずだ。

 こう書くと、なにやら難しい専門書のような印象を読者に与えてしまうかもしれないが、著者の解説は軽快で分かりやすい。子供の頃に覚えた恐竜の名前で、索引を辿ってみるのも面白いだろう。『のび太の恐竜』の旧作で「ブロントサウルス」と呼ばれていた恐竜は今や「アパトサウルス」に統一され、同じく作中では俗に「ゴジラ立ち」と呼ばれる頭を高く上げ尾を地面につけた姿で描かれていた「ティランノサウルス」(原文ママ)には、頭部を前に倒し尾をピンと後ろに伸ばす歩行スタイルになったことに、いささかの寂しさを感じるのと同時に子供の頃の幸福にも似た興奮があるはず。

 本書によれば、いずれの学説も当時すでに唱えられていたものの、インターネットが無かったため、専門家の間では知られていても一般に普及するまで20年ほどのタイムラグがあったという。それが今や、最新の学説が容易に伝播するようになった。その点について本書では最後に、「インターネット時代は、情報の玉石混淆時代でもあります」と注意を促しており、手軽に読める体裁を取りつつ本格的な資料を参照できるようにしていることの意味が分かった気がする。

文=清水銀嶺