中学生怪物バッテリーの捕手が記憶喪失で「野球弱小校」に入学! (きっと)甲子園を目指す高校野球マンガ

マンガ

更新日:2019/6/13

『忘却バッテリー』(みかわ絵子/集英社)

 最近になって、夢とは案外、叶えるよりも諦めるほうが難しいと思うことがある。宇宙飛行士になって月に行きたい、アイドル歌手になって人気者になりたい、小説家になってベストセラーを連発したい──野球選手を夢見た人ならば、夏は甲子園の中継を見て、甘酸っぱい気持ちになるだろう。甲子園は夢の舞台だ。すべての球児がそこに立つことを夢見ながら、行けるはずがない、いや、もしかすると、という想いの狭間で揺れ動く。もちろん、『忘却バッテリー』(みかわ絵子/集英社)の主人公・山田も例外ではない。

 山田太郎は、野球好きの父親に、野球漫画の主人公の名前を悪ふざけでつけられた15歳。名は体を表すと言うように野球少年に育った山田だが、弱小シニアで思い上がっていたところ、名門シニアとの試合で完膚なきまでに叩きのめされた。山田の心を折ったのは、完全無欠の剛腕投手・清峰葉流火(きよみね・はるか)と、彼の球ならどんな球でも捕球し、キレたリードで勝利をもぎ取る捕手・ 要圭(かなめ・けい)。しかし、怪物バッテリーと呼ばれた彼らの、高校球界での活躍を耳にすることはなかった。彼らはなぜか、高校進学を機に、表舞台から姿を消してしまったのだ。

 葉流火と圭は、全国の強豪野球部から熱烈なスカウトを受けていたバッテリーだ。どうせ、田舎の名門にでも進学したのだろう──彼らの圧倒的な実力に屈し、野球を辞めた山田は、野球部のない都立高校に進学した。だがそこで、山田は再会してしまった。記憶喪失で野球を忘れた要圭と、彼と野球をするためだけに輝かしい野球人生を捨てたスーパースター・清峰葉流火に…!

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 ところが。かつての“智将”・圭は、自分を律する野球を忘れてしまったためか、元来の性格であるアホが全開に。山田は、自分を挫折させた天才・圭の、「野球とか意味わかんない」「高校生活ラブ&ピースで楽しみたい(そして童貞卒業したい)」という態度をもどかしく思う。おまけに、野球部がないと聞いていた高校には、発足したばかりの野球部が存在した。野球部に勧誘された山田は、野球は辞めたはずだと踏みとどまるが、自分より野球が上手い葉流火に誘われて断れず、心ならずも入部してしまう。嫌がる圭をなだめすかして野球に向かわせようとしているうちに、グラウンドには、葉流火・圭のバッテリーに敗れて野球を離れた俊足の二塁手や、強肩の遊撃手が集まってきて…。

 挫折しても、絶望しても、どうしても捨てられないものがある。大人たちは、それを“愛”と呼ぶのだと知っている。本作の登場人物はみんな、野球が好きだ。大好きだ。どうしようもなく好きで、諦めきれない野球を視界に入れないようにするために、野球部のない高校に進学するしかなかったのだ。だからこそ、愛好会みたいな野球部しかないザ・フツーの都立高校に、うっかり集結してしまった。そうなると、彼らが見てしまう夢は、「もしかしたら 甲子園目指せちゃうかも──」?

 現役球児、かつての球児はもちろん、なにかへの愛を知っている人にならストライク必至の高校野球ストーリー。あなたはこの夏、彼らと一緒に、夢という名の白球を追う日々を思い出すことだろう。

文=三田ゆき