池井戸潤『陸王』が文庫化! 足袋業者のランニングシューズ開発への奮闘を描いた人気作!

文芸・カルチャー

2019/6/21

『陸王』(池井戸潤/集英社)

 6月、仕事のやる気を失いがちなこの季節は、池井戸潤の作品を読むに限る。特に、オススメしたいのは、2017年に役所広司主演でドラマ化されたことでも記憶に新しい『陸王』(集英社)。

 この作品は、地方の中小企業の奮闘を描くとともに、実業団ランナーの姿を描き出した、一冊のうちでさまざまな味わいのある名作だ。文庫版が発売された今の時期だからこそ、手にとってみてはいかがだろうか。新規事業立ち上げに向けて全身全霊で取り組んでいく男たちと、よりよいタイムを目指して人生をかけて走り続けるランナー。目の前の課題に真摯に向き合い続ける男たちの姿に、仕事に向かう活力をもらえる作品だ。

 物語の中心となるのは、100年の歴史を有する老舗足袋製造業者「こはぜ屋」。歴史は長いが、時代の流れには逆らえず、業績はジリ貧。4代目社長の宮沢紘一は、その資金繰りに苦労させられていた。そんなある日、宮沢は、偶然立ち寄ったスポーツ用品店で新たな事業計画を思いつく。「長年培ってきた足袋業者のノウハウを生かしたランニングシューズを開発してはどうか」。しかし、その前にはあらゆる問題が立ちはだかる。資金難、素材探し、困難を極めるソール(靴底)開発、大手シューズメーカーの妨害…。宮沢をはじめとする「こはぜ屋」の社員たちは、この難局にどう立ち向かっていくのか。

 この本には、ひとりとして無駄な登場人物がいない。どの登場人物も魅力的で、思わず共感させられてしまう存在ばかりだ。成功の保証がない中で商品開発に不安を感じながらも打ち込んでいく宮沢の姿に胸打たれるのはもちろんのこと、他の登場人物たちの葛藤にも、共感させられる。

 たとえば、「こばせ屋」の開発したランニングシューズのテストランナー・茂木裕人は、才能はありつつも、怪我で故障し、大手スポーツメーカーのサポートを受け切られた人物。人生をかけて走り抜けるその姿は、なんと美しいことだろう。また、社長の長男・宮沢大地からも目が離せない。就職活動に失敗し、家業の「こばせ屋」で無責任に働いていた彼は、シューズ作りに全力を注ぐ父親の姿に影響を受けていく。社運をかけたシューズ開発。人生をかけて走るランナー。それぞれの葛藤、悩み…。人々の思いが交錯していくさまは、あまりにも鮮やか。彼らの苦悩を実感できるからこそ、努力が実を結んでいくドラマは快感だ。

 ドラマを見ていた人は、宮沢社長のセリフは脳内で役所広司の声に、茂木裕人のセリフは竹内涼馬の声で再生されることだろう。ドラマの興奮を再び体験できるなんて、なんと贅沢なことか。だが、ドラマを見ていなかった人も、この作品の力強さに、勇気づけられるに違いない。働くことは、素晴らしいこと。不安を抱えながらも、前へ前へと走り続ける登場人物たちの姿に、働くことの楽しさを思い出させてくれるこの本は、仕事のやる気がどうしても出ないという日にこそ、手にとりたい作品だ。

文=アサトーミナミ