3度の自殺未遂、差別に暗殺事件をくぐり抜け、今やインドの仏教徒1億5000万人を率いるお坊さん・佐々井秀嶺とは?

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2019/6/22

『佐々井秀嶺、インドに笑う』(白石あづさ/文藝春秋)

 私たちの知らない偉大な日本人は、まだまだ数多く世界中に存在する。『佐々井秀嶺、インドに笑う』(白石あづさ/文藝春秋)に登場するインドのお坊さん、佐々井秀嶺さんもその1人だ。佐々井さんはインドで仏教徒1億5000万人を率いる伝説のカリスマ坊主。

 本書ではその正体がつづられているのだが…どうにも言葉に困る。カリスマと表現したからには、シュッとしたお坊さんをイメージするところだが、実際は全然違う。色情因縁に狂い、3度も自殺未遂を繰り返し、お世話になった何人もの傍を離れ、差別と暗殺未遂を潜り抜けて、インドの最下層、奴隷階級にもなれない激烈な差別と貧困に苦しむ「シュードラ(不可触民)」とともに、今を生きているのだ。

 本書はルポ形式で佐々井秀嶺さんの現在と、これまで歩んできた人生を記している。著者でありフリーライターの白石あづささんの「どうしても佐々井さんの存在を知ってほしい」という願いが、本書の隅々から痛いほど伝わる。それだけにこの本を読んだ私もこう思った。「もっと佐々井さんのことを知ってほしい。彼の生き方を知って、自身の生き方を振り返ってほしい」。この記事ではその感情を読者に伝えられたら…ということしか考えられない。

 本書を読めば衝撃が何度も走る。11歳で初体験を済ませるほど性欲が強い理由は、金持ちで女狂いに猛った祖父と、その息子で妾の子として奴隷扱いを受けた父親に因縁があると分かった。18歳になって自分で商売を始め、そこで恋に落ちた。しかし彼女が好きすぎて仕事が手につかなくなり、そのうち父親の浮気現場を目撃して、自身の色情因縁に絶望し、「生まれてきて、すみません」と自殺をしかけた。

 それからも絶望を味わって、自殺未遂を2回して、あるお坊さんに命と心を救われた佐々井さん。これまでの絶望を求道心に変え、真人間になるべく誰よりも厳しい修行を積んだ。やがて世話になったお坊さんからタイへの留学を進められ、いざ新天地で生活すると、今度は現地のグラマーな女性と痴情のもつれに発展して殺されかける。

 そこをまたもお坊さんに助けられ、インドで生活をすることに。そしてそのお坊さんのもとで修行中、まさしく神のお告げを聞き、流れ着いたのがインドのナグプールだった。そこで見たのがインドのカースト制度。奴隷階級よりも下、高カーストからは「人間ではない」と扱われ、触れることすら忌み嫌われ、家畜の死体処理や皮なめしなど汚い仕事をタダ同然でさせられる「シュードラ(不可触民)」の存在。インドにはこのような存在が人口の2割ほど存在するという。

 佐々井さんは彼らを救うべく、漫画のヒーローのように命がけの活動を重ねた結果、現在の仏教徒1億5000万人を率いるカリスマ坊主となった。毒殺、暗殺、裏切り、弾圧を乗りこえ、今ではインド首相でさえ恐れるほど民衆から支持を得ている。

 この記事では彼の人生のダイジェストをあっさりと伝えたにすぎない。本書を読むと誰もが心を揺さぶられるに違いない。佐々井秀嶺というお坊さんの凄まじい人生を、その生き方を、なにより壮絶な人生を経たのに「はっはっはっ」と笑う親しみやすさを。まさに「仏の権化」のようなお人だ。

 本書を読むと心が洗われる。救われるようだ、とも言っていいだろう。生きていれば人生に絶望することもある。それを乗りこえるか、乗りこえないかは、その人次第。ただ、周囲からの救いの手はあってしかるべきだ。たとえ救いがなくても、もし絶望を乗りこえられたら、誰かに手を差し伸べる存在になりたい。本書を読んでそう強く感じるのは、私だけじゃないはずだ。

文=いのうえゆきひろ