努力や気遣いをしないと落ち着かない人は、 “なんもしない”から必要とされた彼の頭の中をのぞいてみよう

暮らし

公開日:2019/6/23

『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。スペックゼロでお金と仕事と人間関係をめぐって考えたこと』(レンタルなんもしない人/河出書房新社)

「レンタルなんもしない人」というサービスを始めます。1人で入りにくい店、ゲームの人数あわせ、花見の場所とりなど、ただ1人分の人間の存在だけが必要なシーンでご利用ください。国分寺駅からの交通費と飲食代だけ(かかれば)もらいます。ごく簡単なうけこたえ以外なんもできかねます。

 これは“彼”の活動の原点となったツイートである。『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。スペックゼロでお金と仕事と人間関係をめぐって考えたこと』(レンタルなんもしない人/河出書房新社)は、メディアで話題沸騰の「レンタルなんもしない人」の2冊目の著書。「レンタルなんもしない人」は、自分という「なんもしない1人分の存在」を無料で貸し出すサービスを行っている。

 彼の役目は、なんもせずにただそこに「いる」こと。来る依頼は「ちゃんと作業を遂行できるか見守っていてほしい」「喋るから相槌を打ってほしい」「腰の重い用事があるからただついてきてほしい」などだ。1人分の、気を遣わなくていい、なんもしないから役に立つ存在。そんな彼の役目が多くの人にウケている。

 心理カウンセラーの心屋仁之助氏が提唱する概念に「存在給」というものがある。「存在給」とは、人間がなにもしなくても生きているだけでもらえる給料のことだ。もし、あなたが病気で体が動かず仕事もできず、ただ毎日寝ているだけの存在のとき、あなたは果たしていくらもらえるだろうか? そのときにもらえる額があなたの「存在給」である。

 仕事で懸命に努力して成果を出すことだけが褒められるべきことだろうか? ただそこにいるだけでも価値は発生するというのが「存在給」の考え方である。「レンタルなんもしない人」は、その「存在給」という考えが自身の活動を始めるきっかけのひとつだったと振り返る。

 人は社会で生きるかぎり、自分を取り繕い、人に気を遣う。それを脱力させてくれるのが「レンタルなんもしない人」なのではないだろうか。彼はその場に必要な受け答えしかしないし、気を遣って盛り上げてくれるわけでもない。極力なにもしないし、自分の個性で相手を邪魔しない。だからこそ、依頼者も友達や知人に接するときのような気遣いがいらない。そんな無個性だけど側にいてくれる「レンタルなんもしない人」という存在がとてもプレーンでありがたいのだ。

 彼と依頼者は、ただ任務遂行だけを目的とする間柄だ。しかし彼は肯定も批判もせずただこちらの存在を見てくれている、そんな安心感がある。依頼者は彼が何もしないことの価値を感じるし、逆に、彼にただ傍観されることで、依頼者が「何かしらを遂行した」という事実を評価なしに受け止めてもらえるような気がする。お互いが存在することを認めて、存在することを認められる、そんな構図が心地よい。

「レンタルなんもしない人」のTwitterアカウントでは、日々受けた依頼の興味深いエピソードが綴られており、読むだけでも楽しい。私が個人的に彼に頼みたいこととしては、私が趣味で作っているコラージュ作品の被写体になってもらいたい。ただ突っ立っていたり、モノを飲んだり食べたり、スマホを眺めていていい。それに飽きたら好きなことでも何でもしてほしい。そんな彼という存在の魅力を写真に収めたい。

文=ジョセート

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