【常識を覆す消しゴムはんこ】若き“リケジョ”がカッター1本で創り出す、5μm(マイクロメートル)の世界

暮らし

2019/7/11

『京楽堂の消しゴムはんこコレクション 星屑のかけらを彫る』(京楽堂/主婦の友インフォス)

 まずはこの画像を見てください。

 薄暗い海の中にぼんやりと浮かびあがったクラゲ。こんな感じの映像、生物のドキュメンタリー番組などで見たことがある気がしますが、何だと思いますか。

 実はこれ「消しゴムはんこ」なんです!

「消しゴムはんこ」といえば年賀状? いいえ、違います!

「消しゴムはんこ」でイメージするのは、年賀状や暑中見舞い。簡単なオリジナルの図案でちょっと素朴な雰囲気を楽しむ、そんな印象ではないでしょうか。しかし、判子作家「京楽堂(きょうらくどう)」さんが作る消しゴムはんこは、ひと味違います。

 惑星から鉱物、生物、植物。生き物の姿を落とし込んだはんこの数々は、博物館からそのまま抜け出してきたかのようです。

作者は、理科の講師もつとめる専門家!
デザインカッター1本で彫り上げる緻密な世界

 京楽堂さんの本名は、片山瑳紀(さき)さん。首都大学東京理工学部生命科学コースを卒業した後、中学生の頃から彫り続けていた消しゴムはんこを作る、作家としての活動を本格的に始めたばかり。その活動は日本テレビの番組「nextクリエイターズ」で取り上げられたほか、全国で展示などを行っており、Twitterでは2万人を超える熱いファンにフォローされている、今話題のアーティストです。

 その特徴は、なんといっても解剖学実習で着想を得た作品や、生物標本をつぶさに観察して描いた作品など、今までの消しゴムはんこのイメージを覆すモチーフの数々。今にも動き出しそうな、これらの緻密な作品を、デザインカッター1本で彫り上げています。通常消しゴムはんこは彫刻刀数種類を使い分けて彫ることが多いそうで、なかなか珍しい、匠のような漢気あふれるスタイルですね。

生物の世界に存在する「連続性」に着目

「左右対称」という言葉、知っていますよね。私たちヒトや多くの動物たちは、左右対称の形をしています。ごく当たり前のようですが、世界には4つや5つのパターンで成り立っている生物もいるんです。

 クラゲやウニ、ヒトデといった生物は「放射相称動物」といい、体の中心を通る軸に対して同じパターンが4つもしくは5つある生物。そのため、解剖図を描く時はそのパターンとなる部分のみしっかり描き込めば、ほかの部分は省略してもいいんだそう。そんな経験から、同じものを何度も捺せるはんこの特質と、生物学的な構造とがマッチングして、この「Radiata」という作品が生まれました。

 専門で研究されていたという「シアノバクテリア」も連続性のあるモチーフ。顕微鏡を覗きこんで見える5㎛の世界を、実際の比率に合わせて消しゴムはんこで表現しています。1㎛は100万分の1メートルのことだそうで、何だかすごいスケールの話です。こういう理系ならではのロマンもぎっしり詰まった内容になっています。

リアルな生物の世界が、あなたの手の中に

「京楽堂の消しゴムはんこコレクション 星屑のかけらを彫る」(京楽堂/主婦の友インフォス)はただ見ているだけでも美しい写真の数々に圧倒されますが、こんな驚きの作品がどのように作られているのか、その手順も写真付きで丁寧に解説されています。また、消しゴムはんことして転写して使ったり、イラストの参考にしたりもできる図案集も掲載。書籍の中で「失敗を恐れずに、楽しく、たくさん彫ってほしい」と京楽堂さんが語るように、お気に入りの図案をちょっと試しに彫ってみたくなりますね。

 驚きの世界が広がる「消しゴムはんこ」。発売後はWEBを中心に、「消しゴムはんこの概念が一変した」「隅から隅まで楽しみ、読み込める、内容が濃い!」「これから消しゴムはんこを始めてみようと思っている人も、もうやっている人も、そして写真が好きな人にもおすすめ」といった声が相次いでいます。

 ただの「消しゴムはんこの実用本」というよりは、美術館で美しい絵画を眺めるような、水族館で揺らめく魚に見惚れるような、そんな気持ちでページをめくりたい、宝物のような1冊です。

文=佐々木ゆうこ