不倫、暴力、無関心――「こんなはずじゃなかった…」結婚とは何かを考えさせられる衝撃の話題作!

文芸・カルチャー

公開日:2019/7/11

『アタラクシア』(金原ひとみ/集英社)

 結婚とは一体何なのか。誰もが幸せになることを願って結婚するはずなのに、なぜこうも苦しく救い難い世界が存在するのか。本書『アタラクシア』(金原ひとみ/集英社)に登場するのは、結婚後に夫以外の男性と過ごしている妻や、夫の暴力に悩む女性、妻のことを愛していながらもどう接していいのかわからない夫など、結婚生活に幸せを見出せない人々だ。「結婚=幸せ」という図式を見事に裏切ってくれる小説となるだろう。

 かつてモデルをしていた由依は、フランスから帰国後、翻訳者として働いている女性。小説家の夫・桂と暮らし何不自由なく生活しているように見えるも、フランス時代に知り合ったシェフの瑛人と逢瀬を重ねている。一方の瑛人は、由依の夫の存在を意識しながらも、それでいいというどこか割り切ったスタンスで彼女を必要としている男性だ。由依の夫の桂は、どこか摑みどころのない妻にどう接していいのかわからず途方に暮れている。ある日妻から離婚したいと切り出され、理由を聞き出すこともできずに彼女を無理やり犯すという暴挙に出て自己嫌悪に陥るのだ。

 瑛人の同僚・英美は小学生の息子がいる母親で、鳴かず飛ばずのミュージシャンの夫の浮気に悩まされている。暴力事件を起こす息子や文句タラタラの母親に常に苛立ち、職場では由依と不倫している瑛人に八つ当たりする次第。夫のDVに悩む編集者の真奈美は、同じ会社で働く荒木と不倫している。夫の暴力で小学生の息子にも心配をかけることに心を痛め、夫と離婚することを決意するのだ。本書には他にも、好きな男性に相手にされずパパ活で稼ぐ由依の妹・枝里も登場する。

advertisement

 本書では、これらの登場人物たちの視点ごとに物語が交互に展開していく。あらすじだけ見るとただの不倫や暴力についての話に思えるが、それぞれの心の機微を追うことでとても繊細な小説だとわかる。不倫をただ楽しんでいるように思える由依と瑛人だが、そこへ至るまでには長い年月がかかった。フランスで知り合った2人は初めから男女の関係であったわけではなく、由依が帰国してから数年は連絡を一切取ることがなかった。お互いに惹かれあいながらも葛藤する2人の気持ちを追っていくのはとても切なく、「不倫=悪」と一言ではいいきれない何かを感じる人は多いのではないだろうか。

 不倫は世間的には認められていないが、当事者にとっては純粋な恋愛であることは多いだろう。だからといって容認されるべきだとは思わないが、夫婦生活に何かしらの問題を抱えていて「誰かに受け止めてほしい」「救われたい」という気持ちを持ってしまうことはあるのかもしれない。どうすることもできない気持ちを抑えるため妻を犯してしまった桂についても、事実だけ見ればけっして許されることではないが、彼の気持ちを俯瞰して見ることで切なさを感じる。物語の最後には由依と桂の夫婦関係を揺るがす大きな出来事が起こり、次の展開を予想させる終わり方にハラハラさせられっぱなしだった。

 苦しい、愛してほしい、救われたいなど、さまざまな想いが交錯する本書は、重いテーマを扱っていながらもどこか淡々としたストーリーに、人間のしぶとさや強さも感じずにはいられない。男女の考え方の違いに驚き、結婚の理想像が打ち砕かれる。もちろん、誰もが結婚するときは幸せな家庭を夢見ているはずだが、日々を重ねていくうちにすれ違いや気持ちの変化なども起きるだろう。良くも悪くも人の感情は変化し続けていくのだ。しかし、何か問題が起きたときや状況が変化したときに、どう決断しどう行動するかはその人次第だ。まったく無関係のように存在する登場人物たちが、実はつながっているという展開も面白い。

「アタラクシア」とは、心の平静不動な状態を表す哲学用語だという。心の奥底でもがいている感情を表には出さず、平静不動を装っている登場人物たちをまさに言いえている言葉だ。著者曰く「結婚生活の地獄を疑似体験できる」という本書は、見方を変えればその中に希望の光を見出すことができるかもしれない。夫婦や家族のあり方、個人としての生き方などについて深く考えさせられる一冊となる。

文=トキタリコ