顔のホクロがコンプレックスの男性が悩みから抜け出せたきっかけは――? 身体に起きた変化と解放を描く短編集

文芸・カルチャー

2019/7/14

『魔法がとけたあとも』(奥田亜希子/双葉社)

 年々増える顔のシミ。マッサージしても中々消えないクマ。治りにくくなった傷跡。おまけに頭頂部には白髪もチラホラ…。30代になって身体に起きた変化を挙げると、悲しいことにキリがない。何かを発見する度に、スキンケアの仕方や化粧品を変えたり、こまめに美容院へ行ったりと、対策を講じるのだが、まだまだ若いつもりの「心」は、加齢による身体の変化を中々受け入れられないのが実情だ。きっと他人から見ればどうでもよい変化には違いないのだが、気になって仕方がない。そんな自分を丸ごと受け入れるには、一体どうしたらよいのだろうか?

 奥田亜希子先生の『魔法がとけたあとも』(双葉社)は、私たちの身体に起きたさまざまな変化と、それに対する解放のきっかけが描かれている短編集だ。

 5つの物語が収録されているのだが、個人的に最も印象に残ったのは、顔の大きなホクロがコンプレックスのアラサー男性が登場する「君の線、僕の点」という物語である。

 主人公は、介護用品の通信販売会社で働く晴希。幼い頃から、鼻のつけ根の少し上にある、丸まったダンゴムシをくっつけたようなホクロがコンプレックスで、鬱陶しさを我慢して前髪を伸ばすことでごまかしてきた。また晴希は、子供の頃から友達を作ることも苦手で、会社では仕事ぶりは評価されているものの、雑談できる相手のいない日々を寂しく思っていた。

 そんなある日、恋人の借りた高層マンションで暮らしていた幼なじみの七夏が、突然、10年近く続いた不倫の恋を終了させ、晴希の隣の家である実家へ戻ってくる。彼女はモデルに憧れ、瞼を二重整形してオーディションに挑んだものの、あっさり落とされ、それ以来、きれいな背中を活かし、パーツモデルとして順調に仕事を得ていた。

 晴希はそんな七夏を見て「瞼を二重に変えられるのなら、ホクロも手術で取れるかもしれない」とはっと気づき、美容皮膚科へと向かうのだが――!?

 他人にとっては取るに足らないようなことでも、本人にとっては大問題。そんな誰しも覚えがあるような心の葛藤が丁寧に描かれている。晴希は意外にも、ホクロを取ったことではなく、彼のホクロを、愛をもって「ぶどう」と呼ぶ七夏との関係性が変化したことで、自信を持てるようになる。周囲との温かな繋がりが自身の心持ちを大きく変えることをしみじみと痛感した話であった。

 本書は他にも、望んだ妊娠だったにもかかわらず、周囲から「とにかく正しい妊婦」であることを求められ、疲弊の末、シチュエーションCDに癒しを求める妊婦を描いた「理想のいれもの」、健康診断で、生まれて初めて「要再検査」の文字を見つけ、衝撃を受けた34歳の独身女性が、梅酒を持ちひとりで老舗旅館へと向かう「花入りのアンバー」など、思わず「あるある」と頷きたくなるような、身体に起きた物語が収録されている。

 彼女たちは皆、ちょっとした出会いや他者の優しさがきっかけで、悩みから解放される。ありのままの自分を受け入れることは中々難しいし、悩みがなくなった後も厳しい人生は続くだろう。だが、ありのままの自分のことを誰かがちょっとでも好きでいてくれるなら、きっとまだ頑張れると希望を持てる短編集だ。

文=さゆ