ヤクザを撃つ以外に選択肢はなかった!? 山口組ナンバー2射殺事件の真相が明らかに

社会

更新日:2019/7/23

『満期出獄 ヒットマン・中保喜代春』(木村勝美/かや書房)

 1997年8月28日、暴力団山口組のナンバー2にあたる若頭の宅見勝が、同じ山口組の中野会組員によって白昼、新神戸オリエンタルホテル(現・ANAクラウンプラザホテル神戸)のティーラウンジで射殺されるという事件が起き、世間を震撼させた。いまから20年以上前の事件だが、流れ弾に当たって一般人が死亡したことや、対立する組同士の抗争ではなく山口組内部の抗争であったことなどから、この事件は当時テレビ、新聞などで連日大きく報道されたので、事件のことを覚えている人もいるだろう。

『満期出獄 ヒットマン・中保喜代春』(木村勝美/かや書房)は、その宅見若頭射殺事件の実行犯のひとり、中保喜代春について記したノンフィクションだ。著者は『新宿歌舞伎町物語』(潮出版社)や『山口組組長専属料理人』(メディアックス)などの著作もある、裏社会テーマを得意とするジャーナリストである。

 本書では、中保の生い立ちから、46歳という遅い年齢でのヤクザ・デビュー、宅見暗殺計画の準備段階から実行、そしてその後の1年間に及ぶ逃亡生活と逮捕までが克明に記されている。とくに不可抗力的に暗殺計画の一員に組み込まれてから実行当日までの中保の焦燥感と絶望感は小説や映画のような迫真性で、読み手の胃も痛くなってくるほどだ。

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■ある日突然ヒットマンに任命されるが――

 読んでいて一番つらいのが、中保が殺人の実行犯になることを避ける選択肢が、ほぼ存在しなかったということである。中保はある日突然、上の人間からの電話1本で、何の説明もないまま暗殺チームの一員に抜擢されてしまう。なぜ同じ山口組のナンバー2を殺さなければならないのか? と疑問に思うが、誰もその理由を教えてくれない。当然、暗殺を実行すれば、宅見側の人間からの報復により自分も殺されるだろう。ならば断るなり逃げるなりすればいいと思うかもしれないが、暗殺計画を知ってしまった以上、裏切れば今度は中野会に消されてしまう。要するに、初手から八方塞がりなのである。

 あえて言うなら、ヤクザになったこと自体が選択ミスだったとは言えるかもしれない。ただ、長年水商売の世界で生きていた中保は、ある時、不運も重なって保険金横領で逮捕され収監される。その出所の日に、以前から中保の人あしらいの巧さや度胸に目をつけていた暴力団組長が直々に出迎えに来てスカウトされてしまっては、よほどの覚悟と鉄の意志がなければ断れるものではないだろう。

 また、中保は刑務所で非人道的扱いを受けたことで、「どうにでもなりやがれ、これからの人生はずぶとく生きてやる」と捨て鉢な気持ちになっていたという。この精神状態が、ヤクザの道に進むことを後押ししてしまった。そんな語りを読んでいると、気分はわからなくもない。しかし、そのあとは殺人者への道を一直線である。

 そして暗殺実行後、中保は自分に殺人を命じた上層部から見捨てられる。ヤクザ組織において、上の人間が保身に走り、下の人間がトカゲの尻尾切りにあって一切の責任を負わされるというのは、映画『仁義なき戦い』などでもおなじみの構図かもしれない。組織は個人を使い捨ての道具としか見ないものである。

 そういう意味では、できるだけあらゆる「組織」とかかわらずに「個人」として生きていきたいと考えたのが、本書を読んでの正直で「個人的な」感想だ。もっとも、そんなことが実際可能かどうかは別問題だが…。

 最後になるが、この事件やノンフィクションに興味を持った人は、中保自身の手記である『ヒットマン 獄中の父からいとしいわが子へ』(講談社)もおすすめだ。

文=奈落一騎/バーネット