瀕死の出版界でもがく小説家と編集者のリアル――漫画版『小説王』

マンガ

公開日:2019/8/3

『小説王』(早見和真:原作、大沢形画:漫画/KADOKAWA)

 43歳で急逝した漫画家・土田世紀の代表作『編集王』。新人編集者・カンパチがデータ史上主義の編集長とバチバチにやりあいながら、漫画に対する情熱の炎を燃やしていく作品だ。そのカンパチを採用した鮮烈な表紙で話題となった早見和真の『小説王』が完全コミカライズ。作画を手掛けるのは気鋭の若手・大沢形画。本作がデビューコミックスだ。

 さて、この『小説王』。冒頭からいきなり『編集王』の引用である。「玉稿!! 本当にありがとうございましたっ!!」。ipadで読みながらカンパチにバリバリ感情移入しているメガネのアラサー青年が主人公の1人、小柳俊太郎。もちろんカンパチと同じ大手出版社(神楽社)の編集者なのだが、漫画誌ではなく文芸誌が彼の主戦場。俊太郎は1人の小説家を“小説王”の高みに引き上げるために“編集王”になろうとしている男だ。その小説家の名は吉田豊隆。俊太郎とは小学生時代からの友人である。

 豊隆はデビュー作『空白のメソッド』で小説誌の新人賞を獲得したが、その後は二の矢を放てずにくすぶり続けていた。しかし俊太郎は豊隆の才能を信じて疑わない。もともと小学生のころから小説家を目指していた俊太郎。彼にとって一番の読者が豊隆だった。しかし大人になってその関係は逆転。俊太郎は自分の夢を豊隆に上乗せし、偉大な小説王を生み出すべく、腹をくくって突き進み始める。

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 ざっと2人の関係性を紹介したが、これだけなら二人三脚で天下を目指す、割とベタなバディものだ。本作の魅力を引き上げているのは、ガワのディテール。そのガワとは“現在の出版界”。否、“瀕死の状態にあえいでいる現在の出版界”である。

 身もふたもないことを言えば、俊太郎が所属する「文芸誌」なんてものは、出版社にとってお荷物でしかない。いまこのレビューを読んでいるアナタだって、わざわざ分厚い文芸誌を買って名も知れない小説家の作品を読むという習慣はないでしょ? 「いいや、私は読んでいる!」というアナタ、奇特な方です。

 それでも文芸誌に発表された作品が書籍化し、メディアに好意的にとりあげられればベストセラーになるかもしれないし、マルチメディア展開で出版社にお金が落ちてくるかもしれない。文芸誌の存在意義は、その一点にある(作家にとっても文芸誌発表時の原稿料に加えて、書籍化時の印税も入るので書き下ろしよりも潤う)。

 俊太郎は、“本当に書きたいもの”を書かせて“すごい小説”を世に出すために豊隆を鼓舞し、同世代の天才小説家・野々宮博やベテラン作家の内山光紀と競わせる形で低迷する文芸界に爆弾を仕掛けようとする。『編集王』が「ビッグコミックスピリッツ」に連載されていた出版黄金期の90年代半ばならば、ここから痛快な大逆転劇が待ち受けていることだろう。しかし2019年の出版界では、そう簡単にカタルシスなんて得られない。どこまでも茨の道が続いているのだ。

 暗いことばかり書き連ねてしまったが、作品自体は根っこのしっかりしたエンターテインメント。豊隆と俊太郎タッグはもちろん、ヤリ手の編集長と俊太郎のバトル、豊隆と父親の因縁、ベテラン作家と編集長の過去、美しいヒロインたちと豊隆の関係が絡み合い、ページを繰る手を止めさせない。

 2巻に突入すると、編集者、小説家、読者のあり方が大きく変化してしまったことが、より浮き彫りになっていく。かつて面接を担当した大学生・青島修一と道端でバッタリ再会した俊太郎は、IT系に就職したという彼の話を聞き、思わず「残念だったね」と声をかける。しかし彼は俊太郎の勤める神楽社はおろか、他の出版社もすべて内定をもらっており、そのうえで今の会社に入ったという。33歳の豊隆には「大手出版社の内定を蹴る」という発想は皆無。なんだかんだいってIT系を下に見ている自分に気づくのだ。

 それにしても非常に自虐的な作品である。『編集王』のオマージュを筆頭に、さまざまな作品の強い影響を隠そうとせず、基本的な構造はド王道。それなのに作中では小説家や編集者が“ありふれたテーマ”について議論している。1本の小説のために命を削っている作家たち。その作品を読んでもらうために頭と身体を酷使する編集者たち。彼らの努力が報われない状況を世の中の人に知ってもらうためには、なによりこの『小説王』自体が面白くないといけないのだ。

「これってバディモノ? なんだか〇〇に似ているよね~」なんて言われることは上等。その結果、小説が売れ、ドラマ化され、コミカライズされ、こうして筆者にレビューの依頼がまわってきた。小説を愛する人はもちろん、マンガを愛する人、本を愛する人、今年に入って1冊も本を買っていない人……すべての人に読んで欲しい、究極の出版業界エンタメだ。

文=奈良崎コロスケ