彼女は誰を愛したか。誰のものにもならない女と4人の男。北川みゆき最新作は、セクシーで切ない大人の恋愛

マンガ

公開日:2019/8/3

『どうしようもない僕とキスしよう』(北川みゆき/小学館)

 花に触れるのは難しい、とよく思う。近くで愛でるなら手折らなくてはならないし、花を土から離すなら、みずみずしく保つ技術が必要だ。やさしく触れても、繊細な花弁はいたんでしまう気がするし、いけるためにはさみを入れるのも忍びない。茶色くしなびた姿を見ると、近くなんかへ連れてこないで、遠目に眺めていればよかったと考えてしまう。美しい花には、いつでも凛と咲いていてほしい。そうやってわたしたちは、美しい花を、人を、孤高に置き去りにしているのかもしれない。

『どうしようもない僕とキスしよう』(北川みゆき/小学館)のヒロイン・宮野藍は、明らかに、そうやってみんなに遠巻きにされてきた、美しい女だ。

 ビールメーカーに勤める蘇芳香平は、酒の勢いで同僚の藍と寝た夜の、彼女の言葉が頭から離れない。美人なのに、誰に告白されても断ってしまう。仕事が恋人みたいな女性。スカートを履いている姿は見たことがない。そんな噂も耳にはするが、藍は抜群に仕事ができる。それに香平は、彼女を誘う前から気がついていた。藍がときどき、ひどく儚げな目をすることを。

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 藍のことが気になる香平は、つい彼女を見つめるようになっていた。そんなとき、藍の連絡ミスによるクレームが発生する。香平は、事態をひとりで収めようとする藍を一喝し、同僚としてフォローに奔走。力を合わせ、無事にクレームを処理し終える。

 自分たちはただの同期で、ベッドをともにしたのは酒の勢い──のはずだったのに、香平は藍をそのまま帰したくなくなって、終業後の1杯に誘う。友人に聞いて気になっていたバーに入ったところ、そこにいたバーテンダーと客は、まさかの藍の知り合いらしい。

 藍の幼なじみだという客は、日本四大財閥のひとつ、朱鷺島グループの御曹司。藍に突っかかるバーテンダーは、彼女の弟の友人だそうだ。仕事のときからは想像もつかないプライベートな顔を見せる藍に、香平は、彼女に儚げな目をさせるのは、この男たちのうちどちらかなのではと訝る。しかし、酒と話が進むうち、藍の口から4人目の男のことが語られた。

 感情を剥き出しにした藍に、より強く惹かれる香平。しかしその後、香平は、職場を訪れた取引先の営業担当者と、彼に向けられた彼女の目を見てすべてを悟る。営業担当者の名は、宮野翠斗。「弟なんて大嫌いよ」──“嫌い”とは、決して“好き”の反対にある概念ではないのだ。

 触れることが難しいものは、花のほかにもさまざまある。やわらかな果実、揺らめく光、華やかな香り、人の心。どうしてこの手に収めてはおけないものばかり、人は求めてしまうのだろう。

 高嶺の花に魅了された4人の男=セフレ、幼なじみ、ケンカ友達、そして禁断の関係にある男の視点から、ひとりの女が語られる本作。触れたならその身を焦がす恋の炎の、切ないきらめきを読み取ることができるだろう。

文=三田ゆき