やりたいことを仕事にしたら、「キリンの解剖」を世界一(?)手掛けることに…!?

ビジネス

2019/8/6

『キリン解剖記』(郡司芽久/ナツメ社)

「好きなことで生きていく」。この言葉があてはまるのはYouTuberだけではない。『キリン解剖記』(郡司芽久/ナツメ社)は、好きなことを仕事にすることやその仕事に取り組むためのマインドセットを、“キリンの解剖”というユニークな視点から考える1冊だ。

■思い入れが高じて「キリンの解剖」を仕事にすることに

 幼い頃からキリンが好きだったという著者は大学1年生のときに、『爆笑問題のニッポンの教養 人間は失敗作である 比較解剖学』(講談社)などで知られる遠藤秀紀教授が担当する「博物館と遺体」という授業を受講した。受講理由に「キリンの研究がしたい」と書いたところ、意外にも「キリンの解剖だったら研究にできるかも」と教授から教えてもらい、解剖の道に足を踏み入れたという。解剖やキリンの体の構造について、はじめは右も左もわからなかった著者が試行錯誤して成長してきた約9年間が本書では振り返られている。

 世界は知らない物・事・人で溢れている。道ですれ違うたくさんの人の中には、著者のように「頭の中がキリンのことでいっぱいな人」がいるかもしれない。そう想像するのは、本書を読まない限りは難しいかもしれない。

“キリンはアフリカの生き物だからか、寒い時期に亡くなることが多い。年末年始に訃報が届くことがとても多いので、ここ5年ほどは、年末年始には予定を入れないようにしている。忘年会や新年会は、「キリンが死ななかったら行くね」という返事をする”

 動物園で亡くなったキリンや動物の遺体は、通例死因解剖がおこなわれたあとに動物園からトラックによって輸送されるそうだ。もしかしたら高速道路上やパーキングエリアでキリンの遺体とすれ違っているかもしれないということも(わかってもそこまで得をしないかもしれないが)本書を読まなければなかなか思い浮かばないだろう。そんなさまざまな「未知」との出会いの楽しみは、本書で語られる「キリンのあるはずのない8番目の骨」の探求からも受け取ることができる。

■キリンの長い首は、水を飲むには不都合だが…?

「8番目の骨」とはキリンの首の付根にある胸椎のことだ。キリンの首を形成する7つの頸椎(あれだけ長くても人間と同じ数だという)は、高いところの草を食べるのに適した骨組みになっているが、地面の水を飲むときにその機能だけだと足元の水までのリーチが不十分であるはずで、胸椎が何かしらのかたちで「8番目の頸椎」のような役割を果たしていると著者は推測した。ある研究者は胸椎を「8番目の頸椎」として主張したものの、「胸椎は胸椎で、頸椎ではない」と反論があるため受け入れられていなかったそうだ。

“キリンは、「頸椎数は7個」という哺乳類の体作りの基本形から逸脱することはできなかった。けれども、筋肉や骨格など、もともともっている体の構造をわずかに変えることで、機能的要求を満たすような「8番目の“首の骨”」を手に入れた”

 結果的に、頸椎や胸椎という区別だけでは括ることができない「骨の新しい役割」を発見した著者の論文は、英国の一流誌に掲載され、日本学術振興会育志賞を受賞することになった。だが、この研究結果は私たち読者の生活上、目に見える形で役立つだろうか…?

 おそらくそうならないと考える人がほとんどだと思う。しかし、著者が辿った研究プロセスやその発端となった好奇心の源泉は、人生や仕事を豊かにするヒントに満ちている。「これからの仕事」というのは、著者がキリンと接してきたスタンスのように、各々の好きなこと・得意なことを生かしていくようになっていくべきなのだろう。

文=神保慶政