駅は街の玄関口。街の変化とともに変わる駅の今と昔を見比べられる1冊が登場

暮らし

2019/8/7

『新駅舎・旧駅舎』(西崎さいき/イカロス出版)

 横浜在住の小生は、横浜駅をよく利用する。鉄道ファンには「日本のサグラダファミリア」とも称され、常に工事中の印象が強い。現在は駅ビルの建て替えが行われており、2020年の開業を目指している。新駅ビルは楽しみだが、小生が引っ越して来た頃はまだ旧駅ビルが建っていた。隅々まで覗く前に解体となったのが、返すがえすも残念なのだ。

 そんな昔の駅と現在の駅を見比べることができる一冊が登場した。本書『新駅舎・旧駅舎』(西崎さいき/イカロス出版)は、変わりゆく全国の駅舎の姿を新旧の写真を並べデータとともに紹介。その数は319駅にも及び、読者にとって馴染みの駅もきっとあるだろう。

 まず紹介したいのは、日本を代表する駅といえる東京駅。あの赤いレンガ造りの駅舎は、明治から大正にかけて活躍した建築家・辰野金吾らにより設計され、大正3年12月に完成。100年を超える歴史を持つ建築である。利用者にとっては、平成19年5月から同24年10月まで続いた「復原工事」を思い出す人も少なくないだろう。小生も、その当時は幾度となく進捗状況を覗きに行ったものである。

復原前の丸の内口全景

復原後の丸の内口全景

 5年にわたる工事は、完全な建て替え工事だと思っていた人も少なくないようだが、駅舎の1・2階までは建築当時からのもの。そこへ戦時中に失われた3階部分と南北二つのドームを復原し、全体の耐震化も施す工事が行われた。この丸の内駅舎は新駅舎でありながら、建築当時の姿を再現するのが目的だったのだ。しかし戦前の姿をその目で見た人たちは、それなりの高齢者であり、多くの利用者は新鮮な思いがしたのではないだろうか。

 歴史的な建造物である東京駅に対し、平成の後半から東京の新たなシンボルとなった建造物がある。都内墨田区にて日本一の高さ634mを誇る東京スカイツリーだ。その地にはかつて東武鉄道の貨物駅があったが、貨物の取り扱いを廃止後、小さな業平橋駅(なりひらばしえき)が旅客駅として営業を続けていた。それがスカイツリー開業に合わせて、数多くの観光客を迎え入れるためにリニューアルされたのが東武鉄道伊勢崎線の、とうきょうスカイツリー駅である。

業平橋駅だったころの入り口風景

とうきょうスカイツリー駅の入り口風景

 実はこの駅、名前も3度変わっている。明治35年開業時には吾妻橋駅、同43年には浅草駅に改称。その後、昭和6年に現在の浅草駅が開業し業平橋駅となり、平成24年に現在の、とうきょうスカイツリー駅としてリニューアルオープンを迎える。小生自身、スカイツリーの工事中にそこから現場を覗いたことがあったが、まさにスカイツリー直下にある駅で、作業の様子がよく見えた。またホームから見上げるスカイツリーは大迫力だった。

 新駅舎が誕生する背景は様々だが、災害から復興し駅舎を再建、リニューアルする場合もある。宮城県牡鹿郡女川町にあるJR東日本石巻線の終着駅である女川駅は、平成23年3月11日に起きた東日本大震災で被災し、平成27年3月に移設リニューアルオープンした。町をそれまで以上の賑わいにするため駅周辺も再開発され、駅舎は3階建てで1階が駅、2階に町営温浴施設「女川温泉ゆぽっぽ」を設置、3階は展望フロアとして女川町一帯を見渡せる。女川町の再起を象徴する存在となった。

震災前の女川駅舎

現在の女川駅舎

 駅というのは、街の玄関口ともいえる。それだけに、来訪者を出迎えるための創意工夫がみられる駅は多い。東京駅は日本を代表するだけあり、とても大きく豪華であるが、それに比べ、とうきょうスカイツリー駅も女川駅も決して大きくはない。だが、施設を充実させ、みんなを出迎えてくれる思いに変わりはない。旅先の駅と馴染みの駅を見比べ、その違いを楽しむのも良き旅の思い出となるだろう。

文=犬山しんのすけ