今月のプラチナ本 2012年6月号『雪と珊瑚と』 梨木香歩

今月のプラチナ本

2012/5/7

雪と珊瑚と

ハード : 発売元 : 角川書店(角川グループパブリッシング)
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:梨木香歩 価格:1,575円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『雪と珊瑚と』

●あらすじ●

家庭の金銭的な事情で高校を中退し、以降、親にも頼らず家を出て自力で生活。20歳で結婚し、1年そこそこで離婚した山野珊瑚は、21歳のシングルマザー。生まれたばかりの子ども・雪を預ける場所も、働く環境もなく、途方に暮れていたところ、一人の女性・くららと出会う。そこから珊瑚は、人を元気にする「食」の力に気づかされ、様々な人との出会いに支えられ、心にも身体にもやさしい、総菜カフェをオープンさせることになる─。主人公の珊瑚を通じて、生きることのたくましさ、人のやさしさ、人生の機微を描いた心温まる珠玉の物語。

なしき・かほ●1959年生まれ。主な小説作品に、『裏庭』『西の魔女が死んだ』『からくりからくさ』『家守綺譚』『村田エフェンディ滞土録』『沼地のある森を抜けて』『f 植物園の巣穴』『ピスタチオ』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』、エッセイ集に『春になったら莓を摘みに』『ぐるりのこと』『水辺にて』『渡りの足跡』『不思議な羅針盤』、訳書に『哲学と子ども』『ある小さなスズメの記録』などがある。

角川書店 1575円
写真=首藤幹夫 

編集部寸評

幸せに至るための、思索と検証

赤ん坊をひとりで育てなければならない若い母親が、おいしい食べ物と出会い、さまざまな人に助けられて、カフェを成功させる話――表層的なあらすじだけ見れば、甘い夢物語と思われるかもしれない。だが、梨木香歩がそんなものを書くわけがない。誕生を祝福される子どももいれば、望まれずに産まれてくる子もいる。そもそも平等ではない人間のうち、悪条件を背負ってスタートした者が、自分というものを認め、周囲との関係を作っていくためにはどんな筋道が考えられるか。その可能性を、主人公・珊瑚の思索を通して探っていく物語なのだ。「プライド」「仕事」「信仰」「対話」「結婚」「親子」……さまざまな方法の、プラスの面とマイナスの面が検証されていく(たとえば親子関係なら、結ぶだけでなく切り離すこともひとつの可能性だ)。そして最後の最後に「幸せ」という概念が提示される。珊瑚の成長物語である以上に、読者に成長のヒントをくれる物語なのだ。

関口靖彦本誌編集長。パッと見で「今さら癒し系」と思わないでほしい一冊。まったく次元の異なる、普遍的な箴言に満ちた小説です。折にふれ、読み返すことになるはず

食べることで心が開かれる

とっても気持ちが温かくなる本だった。崖っぷちのシングルマザー・珊瑚の前に現れたくららさん。彼女の優しい言葉遣いや的確なアドバイス、シンプルだけれど素材の味をしっかり生かした料理の数々が珊瑚を救った。まさしく救世主だと思った。料理研究家の辰巳芳子さんの『あなたのために―いのちを支えるスープ』という本を愛読しているが、“食こそ生命の源”であるという辰巳さんとくららさんが重なった。さまざまなシーンで食べ物の持つ力の凄さを実感していく珊瑚。それらが頑なだった彼女の心も徐々に開いていく。珊瑚が身体によくて美味しいものを気軽に食べてもらえる総菜カフェを開きたいと思うようになるのは必然だったろう。以下の言葉に本書のエッセンスが詰まっているように思った。「すべてのことに解決がつかないまま、けれど生活はそんなことはお構いなしに次から次へと続いていく。朝が来て夜が来て確実に日々は流れる」

稲子美砂次号の上半期ブックオブザイヤー特集をもろもろ準備中。初の試みなのでどんなランキングになることやら。毎日がすごい速さで過ぎていって最近振り落とされそう

古い価値観を捨てきれない人に

珊瑚は真面目だ。母親に捨てられたため、自分で考えて問題解決をして生きていく癖がついているので、甘え下手で聡くない。けれどシングルマザーで無職になってしまった! さすがに誰かを頼り、他人を信じて甘えないと子どもが死んでしまう。そこまで究極の状態に追い詰められ、珊瑚はようやくほんの少しだけ変わることができた。いろいろなことをあいまいにしておいたり、だめな自分をさらけ出したり、悲喜こもごも涙腺を緩ませたり。でも人はそう簡単には変わらない。そんなときは周りを見てごらんと梨木さんは言う。地に足をつけた優秀な大人がいるはず。珊瑚が最初に出会ったくららさんの存在はしなやかさの象徴だ。人は新しい価値や未曾有の体験をしたとき、嫌悪感や違和感を感じる。その元は古い価値観にしがみついていることの表れなのかもしれない。それは捨てるべき、不幸を呼ぶしろものなのだ。その難しい最初の一歩が描かれた小説なのだと思う。

岸本亜紀4月から怪談文芸編集長に。新雑誌『妖(よう)』の秋創刊に向けて準備中。6月25日立原透耶『ひとり百物語』を文庫化いたします。いよいよ『幽』17号もスタート!

手放すこと、身を任せること

登場する食べ物が、どれもこれも本当に美味しそう。だが人生には、食事なんてゆっくり味わってらんないし、時間や金勘定に追われ、生きるため、生活のため、と肩肘はらざるをえないときもある。確かに、そういった経験が自分を成長させることはある。だがいつしか、こうありたい、あらねばならぬ自分で、心身をガチガチに固めてしまうようになるのだ。そんなとき、一杯のあたたかいスープのように、言葉を、手を、差し出してくれる人が現れたら? ありがたく受け取ればいい。だが、大人になるほど、それがなかなかできないし、サインに気づくことも難しい。自力で荷物を抱え、自分の足で歩いてきた人が、必死で守ってきたその荷を、自分以外の存在に委ねる勇気。そしてまた黙々と歩いていくひたむきさ。それがやわらかなたくましさを持って生きるということなのだろう。じわっと沁みて、心も体もほどいてくれるような滋養をもった小説だ。

服部美穂本誌副編集長。今号の「男と、本。」特集は豪華メンバー揃いぶみ。男子も女子も必見です。時代は、肉食男子でも草食男子でもなく、“読書男子”を求めている!!

生きることは繋がること

ひとりでもやろうと思えば、なんだってできる。為せば成る、そう信じて生きている。孤独な幼少期を経て、若くして一児の母となった珊瑚のように頑なで潔癖な考えではないが、私もそうありたいと感じる部分がある。出産を機に人生を再スタートした珊瑚は、素敵な人々と出会い大きく成長してゆく。誰かと一緒ならば楽だし、張り合いがある。それはとても幸福なことだ。頼ることは恥じることではない。誰もが特別ななにかを抱え、誇りを持って生きる姿は美しい。

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生きることに向きあう物語

キャベツの外葉で作ったスープ、タマネギをまるごと煮こんだスープ、大根のダシを味わうスープ。本書にはいろんな食材が登場するがなかでも心を奪われたのが、素材をシンプルに味わう温かいスープ。くららさんの作る食事はどれもやさしい。それは彼女が、丁寧に生きている人だからだと思う。珊瑚が、くららさんやまわりの大人たちに支えられ、本来の人間力を取り戻して前進していく姿も清々しい。読んで元気になり心が満たされていく、人生と向きあえる一冊でした。

重信裕加年齢的に身体の各所をメンテナンス中。ただ酒好きなので、薬を飲むタイミングが、いまだによくわからず。大人なのに……

絶望も希望もゴハンとともに

「おかずケーキ」がスゴイ。くららさんが「具にするものはね、実はおかずの残りなの」と恥ずかしそうに告白するシーン。何をおっしゃる、くららさん!と私はひとり感動していた。“おかずの残り”があるってことはそれだけのお料理が事前にあるってことで、くららさんはそれを日常的に作っているんだもの。珊瑚もそうだけど、子どものため、家族のため、そして自分のために毎日ゴハンをつくる。それってスゴイ。人の強さってそういうことだと思った読後でした。

鎌野静華若林さん連載ページの写真は特集取材時に撮影。ただベスト姿・P37が素敵すぎてどちらを使用すべきか非常に迷いました

好きなことを、手に届く範囲で

「食に関することには、生きる張り合いがある」。それを自らの生業にすることを、くららや周りの人たちとの出会いによってゆるやかにやわらかく決意した珊瑚。お店を開き軌道に乗る過程はとんとん拍子過ぎかもしれないけれど、それもめぐり合わせなのだなと思った。珊瑚は一見飄々としていても、芯に据わった覚悟がある。そして閉じた扉をくららやいろんな出会いが開いてくれた。食べ物の根源的な力を、赤子の雪にしみじみ感じさせられる瞬間も多い。沁み入りました。

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すべての〝食通〞に捧ぐ一冊

苦境にある人が這い上がる物語はふつう応援しながら読むものだけれど、この『雪と珊瑚と』にはそれがない。代わりに、素っ気ないけれど一口食べれば身体がじんとする、手の込んだ料理を食べたような読み心地が残る。物語の主人公・ 珊瑚は金欠のシングルマザー。追い込まれているが故に“何を捨てて何を取るべきか”がシンプルだ。だからこそ彼女の前には道が開く。読み終えると自分を見つめる視点のピントがいい意味でずれていた。心に効く物語です。

川戸崇央今月のトロイカ学習帳はカラーで目立つぜ……と思っていたら特集でイケメ ンが勢揃い。公開処刑とはこのことやで……

忙しい人ほど、読んでほしい

人の優しさを受け入れることって、大人になるほど難しい。また優しくすることも、考え、気遣う。日々生きることに必死だった主人公は、ある出会いから夢を見出し、周囲の好意に葛藤しながらも、前へと進み出す。プライドという鎖が解ける、優しさに触れ合いながら……。自分ひとりでは、何かを達成することなど出来ないし、成長も出来ない。忙殺の毎日は、そんなシンプルな答えを忘れさせる。作中の染み渡るような言葉の数々は、改めてそのことに気付かせてくれた。

村井有紀子今号特集でインタビュー企画をがっつり担当。取材で確信、読書家の男性はやっぱり知的で優しくてしなやかで、カッコいい!

前進する清らかなパワー

最初はハラハラ、でも最後は母の強さに圧倒された。それほどに主人公・珊瑚はまっすぐで強い。まだ21歳で、シングルマザーで、仕事がなく、子どもを預ける先もない。そんな絶望的な状況で差し伸べられた手を素直にとれるのは母の強さだと思う。珊瑚が助けを得ながら、ビジネスを起こして自立する様子には神聖さすら感じる。本書を読んで、子育ては一人だけではできないことを未経験ながら納得。母になることは人と助け合う心を育てる通過儀礼なのかも。

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