高級トースターはなぜ売れたのか?バルミューダの熱狂を生む反常識の哲学

ビジネス

公開日:2019/8/15

『バルミューダ 熱狂を生む反常識の哲学』(上岡隆/日経BP)

 バルミューダが販売する高級トースターを知っていますか? 我が家にバルミューダのトースターがやってきたのは、発売されて間もない頃のこと。気がついたら新しいもの好きの夫が買っていました。

 海外製の家電のようにスタイリッシュな見た目。すごいのは見た目だけではありません。お値段もなかなか立派です。トースター機能しかないのに2万円を超える価格帯。しかし、その価格に合う性能も持ち合わせていました。

 外はカリカリ、中はモチモチのパンの食感を自宅で再現するのはなかなか難しいところ。それをこのトースターはやってのけてしまうのです。はじめて自宅でおいしいトーストを食べられた感動を今でも覚えています。

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 そんなトースターを開発したバルミューダの社長・寺尾玄氏の哲学をまとめた本『バルミューダ 熱狂を生む反常識の哲学』(上岡隆/日経BP)が出たというので手にとってみました。

 本書はバルミューダの経営手法を分析・解説した本ではなく、また、同社製品の優れたデザインを説明するのでもありません。約2年半にわたる寺尾社長への取材を通じて著者が持つに至ったのは「私たちの人生や仕事を左右するのは自らの『考え方』である」という信念です。

 本書には「可能性」「常識」「夢」など18のテーマに関する寺尾社長の考え方が、インタビュー形式で分かりやすく書かれています。

 この本を読むと、高級価格帯にも拘わらずあのトースターが爆発的なヒットを生むことができた理由が分かります。詳しくは本書に譲りますが、その開発手法からして老舗家電メーカーとは違うからです。

 なぜ型破りな開発手法をとることができるのか。それは寺尾氏の経歴からもうかがい知ることができます。

 本書で印象深かったのは「常識」というテーマでのインタビューで出てきた「常識はほころびだらけ」という考え方です。たとえば、日本人は世界の中でも極端に他人に迷惑を掛けることを恐れる民族だといわれています。これに対して、寺尾氏は次のように言っています。

どうして人に迷惑をかけてはいけないんですか?(中略)でも、社会を成り立たせるために私たちは生きているのでしょうか。(中略)「人に迷惑をかけずに生きる」ことなんで、本当にできますか?私たちは親や兄弟、友人や知人、仕事の関係者、それこそ毎日、いろんな人に迷惑をかけて生きていますよね。100人を助けるために、別の1人に迷惑をかけることだってある。(中略)こうして深く考えていくと、「人に迷惑をかけてはいけない」という常識は根拠が曖昧なんですよ。同様に、社会通念として広まっている多くの常識も科学的根拠がありません。

「この価格では絶対に売れない」「そんなものは聞いたことがない」そう言われ続けても、今のバルミューダを作り上げることができた寺尾氏。その発想力の根源が少しだけ分かる言葉ではないでしょうか。

 本書には6人の社員のインタビューも収録されていて、社員一人一人がバルミューダという会社が好きで仕事を楽しんでいるということが伝わってきます。特に広報をしている女性からは、会社の方向性や社長の人柄を本当に理解していなければできないプロの仕事ぶりを感じられるでしょう。

 そうしたメンバーに囲まれているというのも、寺尾氏の魅力なのだと思います。寺尾氏のインタビューだけでなく、社員のインタビューにも多くのページを割くことで説得力があると感じました。

 この本に書かれている内容が100%正しいとは思わないものの、考え方で人生や仕事が変わるのはまぎれもない真実であると思います。反常識の哲学に興味を持った人は、本書を手に取ってみてください。

文=いづつえり