「すべてナンパで学びました」元ナンパ師“日本一おかしな公務員”の仕事術とは?

ビジネス

公開日:2019/8/27

『日本一おかしな公務員』(山田 崇/日本経済新聞出版社)

 公務員でありながら、「大切なことは、すべてナンパで学びました」と語る元ナンパ師が書いた本。

 この触れ込みだけで『日本一おかしな公務員』(山田 崇/日本経済新聞出版社)は手にとってみたくなる。著者は、長野県の塩尻市役所に勤める地方公務員。ナンパに明け暮れていたのは大学生の頃の話で、その詳細が書かれた第一章は、やはりおもしろい。

「ターゲットを見つけたら10秒ほど隣を歩いてみて、その時点で無視する雰囲気の人には声もかけない」など、リアルに実践的なテクの話もある一方で、そこには仕事に役立ちそうな教訓も多いのだ。

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 たとえば、ナンパの成功・失敗には一喜一憂せず、野球のペナントレースのようにトータルで優勝できればいい……という考え方。日本のプロ野球では、1年間の約140試合で80勝もできれば優勝が見えてくる。逆に言えば、60試合は負けてもいい。それと同じ考え方で、ナンパも1回断られたくらいで落ち込む必要はない、というわけだ。

 ナンパには「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」式に大量の相手に声をかけるもの……というイメージがあるだろう。だが著者は、「数が少なければサイコロ勝負になりますから、運の強い人が勝つ。数を増やせば、考えた人が勝つようになる」と書いている。数を撃ちつつも、そこでトライ・アンド・エラーを繰り返し、“自分なりの勝ち方”を見出せた人が成功できる。これは仕事でも同じだろう。

 そしてナンパも仕事も、自ら動かないことには何も始まらない。著者は公務員として仕事をするときも、「PDCAはPを飛ばしてDから始める」ことをモットーとしており、PDCAのAは謝罪(Apologize)のAだと書いている。こうした考え方は、とりあえずサービスをリリースしてしまい、ユーザーからの批判も受け入れつつアップデートしていく、ベンチャー企業のスピード感に近いものだ。

 著者はそんな思考法にもとづいて行動してきたからこそ、役所というお堅い組織で、さまざまな事業を実現できた。その例の一つが、空き家問題への取り組みだ。

 問題への対処にあたり、著者は「とりあえず自腹で1軒借りてみる」という行動からスタート。そこでの掃除も食事も市民の集うイベントにしてしまい、約7年のあいだに空き家でのイベントを417回も開催した。そこでは年配の大家さんが若者と触れ合う機会も生まれ、若者の中には実際に借り手になる人も出てきたという。

 終盤に紹介される「MICHIKARA」というプロジェクトもおもしろい。「MICHIKARA」では、民間企業と役所の若手ホープが6~7人のチームとなり、塩尻市の地域課題への解決策を2泊3日の合宿で考案。最終日のプレゼンの審査には市長も参加し、そこで認められたものは実際に政策にしてしまう仕組みだ。

 この「MICHIKARA」は企業側には人材育成の場となっており、役所側には課題解決の場となっている。企業側は参加にあたって塩尻市に参加費も払うことになるが、それでもリクルート、ソフトバンク、日本郵便などの名だたる企業が参加している。一方で、同じ仕組みを導入する自治体も出てきているそうだが、うまく形にできているところは少ないそうだ。

 やはり優れたアイデアは、思いついた人がすごいのではなく、それを実践し、形にまでできた人こそがすごい。そして著者は、PDCAのPを飛ばして動くことで、行動しながらアイデアを育み、形にしていっているのだ。

 PDCAのPを飛ばすと、予想だにしない反応や副作用が次々と起こる。だからこそ謝罪も必要になるが、仕事はエキサイティングなものになる。その渦中にいる人達は“走りながら考える”ことを求められるため、短期間で大きな成長も遂げられる。そうした成長と変化の軌跡が、本書にはまとめられている。

 そしてPDCAのPを飛ばすからこそ必要になるのは、最初の一歩を踏み出す勇気と、その行動に付き合ってくれた相手に誠実に接する姿勢だ。

 著者は「一人ずつしかナンパはできない」とし、仕事においては「目の前のいちばん最初に泣いて喜んでくれる人」と真剣に向き合うことを大切にしているという。「大切なことは、すべてナンパで学びました」と聞くと軽い話のようだが、著者はナンパから、仕事にも必要な勇気や誠意の大切さを学んできたのだろう。

文=古澤誠一郎