老老介護の果ての夫婦無理心中…法医解剖で明かされた背景は? 死体が語るメッセージ

社会

2019/8/31

『いまどきの死体 法医学者が見た幸せな死に方』(西尾元/幻冬舎)

 人は必ず死ぬ。――これは事実だが、「死」そのものは私たちにとって非日常のものだ。おそらく多くの人が死を実感するのは、身近な人の葬儀で遺体と対面するときぐらいではないだろうか。

『いまどきの死体 法医学者が見た幸せな死に方』(西尾元/幻冬舎)は、法医学者としてこれまでに3000件もの法医解剖を行ってきた著者が、解剖を通じてさまざまな死と向き合う中で見えてきたものを、私たちに丁寧に伝えてくれる1冊である。

「法医解剖」とは、事件や事故で亡くなった人や、一人暮らしをしていて自宅で亡くなった人など、病死とは言い切れない「異状死」を迎えた人の解剖のことで、犯罪捜査や死因の特定のために行われるものだ。本書ではそのさまざまなケースが具体的に紹介されている。

■老老介護の果ての無理心中、その意外な真相とは

 70代の女性が夫に絞殺された。同じく70代の夫は「介護に疲れた」という書き置きを残して自殺。いわゆる無理心中だ。妻は認知症だったという。

 ところが妻の死因を確かめるために遺体を解剖すると、意外な事実が判明した。妻の脳には、認知症に特有である脳の萎縮が見られなかったのだ。そこで脳を取り出して切ってみると、そこからはいくつものがんの病巣が出てきた。

 夫は「妻は認知症だ」と信じて介護をしていたが、妻の認知症だと思われた症状は、脳にできたがんが原因だったのだ。解剖結果によると、肺がんが脳に転移したものだったという。

 もし、もの忘れが進行するという妻の深刻な症状が、認知症ではなく、がんが原因だとわかっていても、夫は絶望して妻を手にかけただろうか。いずれ死を迎える妻の将来を悲観することはあっても、その妻を殺害して自分も後を追うことはなかったかもしれない…。著者は、解剖室の隣の部屋で待つ遺族に、この事実をどう伝えたらいいのか深く悩んだという。

■2歳児に熱中症の疑い…遺体は何を語るのか

 2歳の女児の遺体が運ばれてきた。体は丸みを帯びており栄養状態はよさそうだった。子どもの遺体を診るときには、悲しいことだがまず虐待を疑うのだという。しかし、この遺体には外傷もなく虐待の可能性はなさそうだった。

 では、死因は何なのだろう。母親は「自宅で体調が悪くなった」と語っていたが、時期が7月だったため熱中症が疑われた。生存していれば体温を測ることで熱中症かどうかを診察していくが、遺体ではどのように診断していくのだろうか。

 実は、熱中症になると、体温の上昇によって筋肉細胞の束が熱で溶け出すのだという。そこで、腹の奥の筋肉を採取し、それを特殊な染色液で染めて顕微鏡で見ると、その溶けた様子が見られるのだそうだ。また、血液検査でヘマトクリット値(血液の体積に血球成分が占める割合)を測ることで、血液中の液体成分が抜けていたことも確認された。いわゆる脱水の症状だ。これらの結果から、女児は熱中症だったと診断された。

 さらにその後の警察の捜査で、女児は自宅で体調を崩したのではなく、母親が買い物に出かけた際に車中に置き去りにされ、母親が戻ったときにはすでに様子がおかしくなっていたことが判明したという。日常生活のほんの身近なところに命の危険があったのだ。

■死を見つめることで「生」を考える

 法医解剖の件数は年々増えており、警視庁の統計資料などを参考にすると、現在では死亡者の約40人に1人が解剖されているという。今後も、高齢化や単独世帯数の増加、生涯未婚率の上昇などで、そのケースはさらに増えることが予想されている。私たちの生き方、ライフスタイルは、死に方にもダイレクトにつながっているのだ。

 日々「死」を意識しながら生活することは難しいかもしれない。しかし本書を読むと、どう生きていくか、ということが改めてあぶり出される。著者が本書を綴った意図もまさにそこにあるという。「幸せな生き方とは?」「幸せな死に方とは?」――そう考える多くの人に手に取ってほしい1冊だ。

文=水野さちえ