「人を殺した」愛する彼の日記に衝撃ーー生き別れの兄と重なる彼の正体とは『私の正しいお兄ちゃん』

マンガ

更新日:2019/9/1

『私の正しいお兄ちゃん』(モリエサトシ/講談社)

 社会に出てからというもの、他人を信頼するのが難しくなったと思う。家庭環境や考え方が似ている学生時代の友人とは違い、世の中にはあらゆる出自や発想を持つ“他人”がいる。自分ではない人の内側は、外から見ているだけではわからない。話をすることができたとしても、相手の言うことが嘘ではないと、誰が保証できるだろう。

『私の正しいお兄ちゃん』(モリエサトシ/講談社)の主人公・木崎理世も、そういった葛藤を抱えるひとりだ。

 理世は、学業とアルバイトに励む大学生。友達とも遊ばず、サークルにも入らず、真面目すぎる毎日を送っている。理世の心の拠り所は、幼いころ、両親が離婚して以来会えていない優しい兄だ。兄は、理世をつらいことから守るように、あたたかい布団に入れて、寄り添って眠ってくれた。大学を卒業し、就職して余裕ができたら、兄を捜して会いにいこう──それだけを日々のよすがにがんばってきた結果、「趣味:睡眠」「特技:どこでも眠れる」という生真面目大学生になってしまった。

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 そんな噂を聞きつけたのか、理世に声をかけてくる人物がいた。アルバイト先のスーパーで働く美青年・内田海利だ。

 他人を寄せつけない雰囲気ながら女慣れしていて、さらには正社員にという申し出を断ったという海利。同僚たちは、彼を「ワケありなのでは」と怪しむ一方、その見目の良さに憧れている。しかし理世は、また別の観点で、海利に特別な感情を覚えていた。彼は、どことなく兄に似ている。「お兄ちゃんが大人になったら ああいう感じなのかなあ」──そんなふうに目で追っていた彼から、ある日、突然頼まれたのだ。「今度 俺に安眠のコツ教えてよ」と。

 聞けば海利は、不眠気味なのだという。彼と話すとき緊張するのは、恋をしているからではなかった。だが、理世のそばにいると眠れるという彼に肩を貸すうちに、理世は海利に好意を抱くようになる。ひさしぶりに他人の体温に触れ、彼を思い出の中の兄と重ねていたのだ。ところが理世は、海利を寝かせようと訪ねたアパートで、彼の日記を見てしまった。「人を殺した」。日記の記述は、真実か、それとも偽りか。理世が好きになった人の、真の姿とは一体…!?

 忘れがちだが、“私”と“あなた”は別の存在だ。相手の言うことが本当なのかは、永遠にわからない。けれど人は、期待してしまう。わかってほしい、理解したい、ただ自分のそばにいて、ぬくもりを分け与えてほしい。混じり合わない存在であるということは、寂しい事実なのかもしれない。が、体温を分け合うという行為は、“私”と“あなた”が別の存在だからこそできること。真実がどうであれ、相手を信じることだけは、自分の意思で確実にできる。

 運命が動き出す第1巻に続き、最新第2巻でも、理世を揺さぶる真実が次々と明らかになっていく。理世と海利が交わすさまざまな感情に、理世の兄のことを捜査する刑事・立花は、どのように関わってゆくのか。息をするのも忘れそうになるサスペンスと、胸が痛くなるほど切ない恋に、次巻が待ちきれなくなる本作。読了後、あなたは今、隣にいる人を、信じることができるだろうか?

文=三田ゆき