憎んでいた上司を殺したのは、自分の妻だった!? 悪寒が消えない衝撃のミステリー

文芸・カルチャー

2019/9/5

『悪寒』(伊岡瞬/集英社文庫)

 心の距離は、物理的な距離に比例するのだろうか。単身赴任中のサラリーマンは、赴任先でどのような思いを抱えて仕事に取り組んでいるのだろう。慣れない地での慣れない一人暮らし。遠くに置いてきた妻や子に会いに行きたいと思いつつも、そう簡単に会いに行くこともできない。

 伊岡瞬著『悪寒』(集英社文庫)は、そんな寂しい単身赴任生活を送っていた男が事件に巻き込まれていく姿を描いたミステリー。上司が殺害され、自身の妻が犯人として名乗り出る、という悲劇の中で慌てふためく男の姿があまりにも悲しい。一体、単身赴任中に何があったというのか。瞬く間に変化する展開から目が離せない衝撃のミステリー作品だ。

 主人公は藤井賢一・42歳。大手製薬会社に勤務していたが、ある不祥事の責任を被って、系列会社に飛ばされてしまった人物だ。社内でもっとうまく立ち回れれば、めったに戻れないような単身赴任などせずに済んだのかもしれない。慣れぬ山形という土地での生活。元々営業出身ではないのに、飛び込み営業を担当させられ、成果を上げられない日々。そんな鬱屈とした単身赴任生活を送っている最中、賢一のもとに妻の倫子から「家の中でトラブルがありました」という不可解なメールが届く。そして、その数時間後、倫子を傷害致死容疑で逮捕したと警察から突然の連絡が入った。倫子が殺害したという相手は、賢一の本社の常務・南田隆司。妻は、なぜ、賢一が憎んでいた上司を殺害してしまったのか。それは夫のため? それとも、妻と常務に何か関係があったのだろうか。賢一は真実を追い求めてさまよい始める。

「中年男の鈍感さは、それだけで犯罪ね」

 小説の中に登場するこの台詞の通り、賢一は、あまりにも鈍感。そして、どうしようもなく頼りない。読めば読むほど、読者は、賢一の愚かな姿に頭を抱えてしまうことだろう。何度「賢一、しっかりしてくれ!」と叱り飛ばしたい気持ちにさせられたかわからない。

 事件が起こるずっと前から、家族の中で異変は起きていたはずなのだ。去年、娘・香純から、事実上の絶交宣言をされ、倫子に愚痴をこぼすと、倫子からも「急用以外はメールにしてください」と冷たい反応が返ってきていた。たった数ヵ月家を留守にしただけで、家族の心はこんなに簡単に離れてしまうのかと嘆くだけで、賢一はその原因を追求しようとはしていなかった。

 妻が逮捕されても、賢一は「何かの間違いだ」と騒ぎ立てるばかり。協力して苦難を乗り越えなくてはならない娘・香純からは「話にならない」と呆れられている。倫子の弁護士の手配などは、倫子の妹である優子に任せっきり。やることなすことすべて裏目に出ているのではないかと思わされるほど、賢一は役に立たないのだ。だが、それでも、賢一は妻の無実を信じようとする。様々な事実を聞かされて、疑いを持ちながらも、妻の潔白を信じ続け、賢一は真実を求めて動き続ける。

 しかし、状況はあまりにも不利。倫子は犯行を認めているし、賢一を絶望に陥れる事実が次々と明らかになっていく。おまけに、関係者の証言はことあるごとに変化する。本当に倫子の犯行なのか。状況は、様々な人物の証言によって二転三転。予想を裏切る展開から目が離せなくなる。

「わたしは、被害者を殺したいほど憎んでいました。殴ったときに殺意があったかどうかは思い出せませんが、あの男が死んでよかったと、今でも思っています」

 タイトルの通り、あなたもこの本を読めば、きっと「悪寒」が走るに違いない。本を読み終えても、しばらく鳥肌が消えない。思いがけない真相と、その裏に隠された思い。あなたもこの衝撃のミステリーを、この「悪寒」を、ぜひとも体感してみてほしい。

文=アサトーミナミ