酔っ払って暴力を振るう父、耐えて家族を支えた母は認知症に。大切な家族が私のことを忘れてしまっても――

暮らし

2019/9/7

『認知症の母がくれた涙のプレゼント』(ふみさん/文芸社)

「認知症」になると、大切な人の人格が徐々に変わっていくため、介護者は知らない人が目の前にいるような悲しさを味わうことがあるという。だが、認知症を通して、家族の絆が見えるようになることもあるのかもしれない。そう教えてくれるのが、『認知症の母がくれた涙のプレゼント』(ふみさん/文芸社)。本書は認知症とどう向き合い、最愛の人をどうやって支え続けたらいいかを教えてくれる1冊だ。

 著者のふみさんは、お酒が入ると暴力を振るう父親から逃げたいと願いつつ、しゃべれずあまり耳が聞こえない障害がある兄を助けながら幼少期を送ってきた。

 お酒を飲んで外に行くたびに物を買い、借金を増やしていく父親。それに対し母親はいつも家族を支え、借金を減らすためにと顔にアザができた状態でも出勤し、生活費を稼いだ。ふみさんがお小遣いをねだった時にはさらに内職を始め、その全額を子どもたちのお小遣いにしてくれたこともあったという。

 そんな母親の苦悩と愛情を感じつつ成長したふみさんは中学を卒業後、4カ月だけ高校生活を送り、就職。父親とは違ってお酒を飲まない人と17歳で結婚し、新しい生活を始めることとなった。

 だが、そんな矢先、長年の暴飲がたたったのか父親が動脈瘤破裂で死去。兄はリハビリのために入院することになった。そして、母親にも暗い影が…。自分たちのために今まで身を粉にして働いてくれた母親は、認知症と診断された。

 徐々に別人のようになっていく母親の隣で、変わらない面影がまだあることに安堵しながら、一方では不安感を強めていく。いつしかそれがふみさんの日常になっていった。

“どんどん進む症状、私の好きな母の良いところが一つ、また、一つと崩れていく。”

 大切な人の人格が認知症によって失われていく姿を見続けることしかできない悲しみと苦しさ。筆者も1年前に祖母が認知症から失語症を併発し、家族の名前や会話の術を忘れていく光景を見て、胸が苦しくなった。そして、大切に思っているはずなのに、誰かに祖母の相手を任せてしまいたくもなる自分の心情に戸惑いもした。

 ふみさんも同じように精神的負担を感じ、葛藤しつつも、デイサービスやショートステイ、また施設の入所を検討するようになった。そうしていく中で、意識するようになったのは「認知症の母親」への愛しさだそう。

“自分を失っていっているのに、顔は生き生きしていて楽しそう。話をしていても、チンプンカンプンで会話が成立しない。でも楽しそうに笑っている。横に座っていると、笑いのおこぼれがもらえて、私の顔もほころぶ。”

 心からの「ありがとう」がまた聴けたら…。ふみさんは心のどこかでそう思いながら数十年にわたって介護を続けてきた。だが、その言葉よりももっと温かい贈り物を母親からもらうことができたという。母親の介護を通してふみさんが見つけたかけがえのないプレゼントは、あなたの涙腺も緩ませるはず。たとえすべてを忘れてしまっても、大切な家族は最愛の人だ。

 私情が入ってしまう分、自分の親を介護することは他人を介護するよりも難しいこともあるだろう。だが、他人ではないからこそできることは多いはずだ。もし、自分の親が認知症になってすべてを忘れてしまったら、私は何をしてあげたいと思うだろう――本書を手に取ると、そう遠くないはずの未来の介護生活をきちんと納得できるものにしたいと思えてならない。

文=古川諭香