世間に衝撃を与えた獄中の強姦殺人犯。塀に守られた奴に復讐することは可能なのか?

文芸・カルチャー

2019/9/15

『デッドウォーター』(永瀬隼介/KADOKAWA)

 今から27年前に発生し、日本中を震撼させた「市川一家4人殺人事件」を覚えているだろうか。この事件では、当時19歳の少年が1カ月前に強姦した少女宅へ強盗目的で押し入り、少女を除く家族4人を次々と絞殺、刺殺。唯一助かった少女も長時間の監禁と強姦を受けたという非常に忌まわしい事件だ。

 その殺人犯の素顔と本心に目を向けたのが、作家・永瀬隼介だった。彼は死刑判決が下った少年に面会。生い立ちから最高裁判決までを追い続け、『19歳 一家四人惨殺犯の告白』(KADOKAWA)を発刊した。

『デッドウォーター』(永瀬隼介/KADOKAWA)は、そのノンフィクション作品から派生したミステリー小説。世間に衝撃を与えた殺人犯と実際に面会し取材を試みた永瀬氏でなければ生み出せなかった1冊だといえる。

■拘置所の殺人犯に“死の恐怖”を味わわせる復讐がしたい…

 本書の物語のキーパーソンは、18歳で5人の女性を強姦し死刑判決を受けた連続強姦殺人鬼・穂積壱郎。事件専門のフリーライター・加瀬隆史は、拘置所で最高裁判決を待つ穂積に接触。世間の人々から“希代の殺人鬼”と恐れられた穂積の肉声をまとめた本を出版し、名を上げようと考えていた。

 だが、拘置所の面会室で対面した殺人犯・穂積は、知的で物静かな印象だった。とても卑劣な殺人犯には見えない…。そう戸惑いながらも加瀬は定期的な面会と手紙のやりとりで彼の本心を探ることにする。

 何度かやりとりを重ね、穂積という人間が醸し出す独特な世界観に触れるうち、加瀬は不思議な感覚に囚われるようになる。他の死刑囚たちとは違い、死刑や死という恐怖に恐れを感じていない穂積。加瀬は穂積から発せられる仄暗い闇に、自分があやうく取り込まれそうになっていることに気づく。

 だが、そんな心境を一変させたのが、穂積から届いた“プレゼント”だった。そこには、加瀬と穂積とをつなぐ、あまりにも皮肉な運命と残酷な真実が込められていた。そのプレゼントから穂積の異常性と危険性を改めて多い知った加瀬は、「あいつを殺したい」と憎むようになり、彼に対する“復讐”を企てるようになる。

「必ずお前を破壊する」と宣告する加瀬は、果たして鉄壁の拘置所で(皮肉にも)守られている鬼畜に死の恐怖を味わわせ、意図した復讐を遂げることができるのだろうか――。

 復讐を成功させるカギとなるのは、穂積が行ってきた複数の殺人の様子を加瀬に伝えたとき、犯行の理由だとして語った「至高」という言葉だ。

“そのとき、わたしの魂に、至高が舞い降りたのです。”

 彼の指す「至高」とは一体何なのだろうか。「この世は所詮出口のないデッドウォーター(腐れ水)で、この世の人々はデッドウォーターに捕えられているかわいそうな魚」――そんな歪んだ思想を持つ穂積が唯一信じているという「至高」の正体とは…。

 容易に予測できないスリリングな展開に満ちている本作は、そのストーリーを追って一気読みは必至だ。ラストに「至高」の正体を知った後、もう一度プロローグを読みなおしてみると、最初には気づかなかった残酷な真実がくっきりと浮き彫りになってくる。圧倒的な真の悪を目の前にするとき、あなたの心はきっと凍りつくだろう。

文=古川諭香