文章のうまいミステリーって、最近お目にかかりました?

小説・エッセイ

公開日:2012/5/15

虚像淫楽 山田風太郎ベストコレクション

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : KADOKAWA
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:著者山田風太郎 価格:756円

※最新の価格はストアでご確認ください。

山田風太郎といえば、まず忍法帖シリーズを連想する人が多いでしょう。

「甲賀忍法帖」。いいですよね。異形の体質をもった忍者たちが、伊賀甲賀に別れて、はてしないリーグ戦をくり広げていく。このアイデアはそのあと、60年、70年代の忍者ものコミックに多大な影響を与えていくことになります。

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「くノ一忍法帖」。これもすごいです。くノ一たちの幻想性すら漂わせるまか不思議な忍術はそのままに、史観をはっきりと持った凄絶な殺しあいは、ただの殺戮の物語を越えて、悲痛なまでの人間のドラマに昇華していました。

あと僕は、「風来忍法帖」というのが好きで。絶世の美女に侮辱された7人の香具師が、風魔忍者学校に弟子入りし、持ち前の機転とペテンで見事卒業。武将に嫁入りした美女に近づき、インチキとハッタリで敵忍者と戦いながら恨みを晴らそうとするという。これ、むかし渥美清主演で映画になってるはずなんです。小学校に上がる前後、近所の映画館でたしかに見た記憶がおぼろげながらあるのです。でも、ビデオにはなってないらしく、いまだに再見せず(いま調べたら、68年、東宝映画でした。ビデオ化は依然不明)。

風太郎に話は戻って、渋い方だと「明治もの」に愛着をお持ちでしょう。「警視庁草紙」などなど、実在の人物と虚構を絶妙に織り交ぜてお話を構築する、風太郎マジックの極地のごとき作物の数々ですね。

ただここで、現代を舞台にした一連のミステリーを忘れてはいけないわけです。

風太郎ミステリーの魅力は、まず第一にその文章の巧さだと僕は思うのです。文章の上手なミステリーに最近お目にかからない物足りなさが晴らされて、練り上げられた言葉のはしばしから洩れてくる情と心理のニュアンスに酔ってしまう。これすべて豊富きわまりないボキャブラリーのなすところなんでありましょう。ほんと面白い。

本書表題作は、毒を飲んで病院に担ぎ込まれた若き女性。彼女は元その医院の看護婦で、つい最近結婚したばかり。急いで夫を呼ぶべく家へ駆けつけると、なんとその夫も服毒して死んでいた。なにがあったの、なぜ毒を飲んだのか、女は死を間際にしつつも黙して語らず、謎はいよいよ深まっていく、というもの。これ、一部の人にはネタバレになっちゃうかも知れないけど、泉鏡花の「外科室」をもうふたひねりしたような手の込んだ作品です。

でも、手の込んだというなら、「御厨家の悪霊」。これの手の込み方は尋常じゃない。ある雪の凍った朝、御厨家の夫人が胸をさされて屋外で死んでいる。そばでは分裂症とされる長男が、凶器の刃物を振り回して踊っている。夫人ののど笛には、御厨家にたたるという片眼の犬がかぶりついていた。悪霊の仕業だと噂される中、駆けつけた警部の手で粛々と捜査は進められるが…。

どんでん返しが、ドミノ倒しのようにきびすを接して転がっていく快感よ。めくるめくって言葉はこの作品のためにあるかと思うほど。名作。読むべし。


目次

「眼中の悪魔」冒頭