東京五輪後に聖火トーチの転売騒動が起きるかも? グッとくるデザイン業界の一流同士の対談

ビジネス

2019/9/20

『ネンドノオンド』(佐藤オオキ/日経BP)

 一流と一流の対談は、たとえ知らない人たちの会話でも目をひきつける。ある到達点にいる人の言葉には、違う業界の人も参考にすべきバイブル要素が宿る。『ネンドノオンド』(佐藤オオキ/日経BP)を読んで、そんな感想がポロポロとこぼれてきた。

 私が本書を手に取った理由は、シンプルで印象的な表紙が目に留まったから。ページをめくると、著者である佐藤オオキさんの名前が目に入った。世界的なデザイナーの一人で、Newsweek誌「世界が尊敬する日本人100人」にも選出されたそうだ。私はデザイン業界に詳しいわけじゃないので、読み終えた今でも佐藤さんがどれだけ素晴らしい人物なのか真に理解できていないが、その内容はとても目をひきつけるものだった。

 本書は、佐藤さんが世界的デザイナー17人に対談インタビューしたものだ。デザイン業界の一流同士の日常会話を収めた形に近く、もはや雑談のようで、デザインの専門的な解説はほぼない。その代わり世界的なデザイナーの素顔と、普段から考えていることが事もなげに記されている。

■早い段階で自分の守備範囲を知ることが大切

 イタリアのデザイナー界に突如出現し、いきなり著名な新人賞を受賞したルカ・ニケット。巨匠の後継者候補ともいわれている逸材だ。

 そんなルカの仕事論が聞きたくて、佐藤さんは「他人の作品を見ることで、自分にしかできないことを再認識する」重要性を意見した。するとルカはこのように言葉を返した。

早い段階で自分の守備範囲を知ることは大切で、同時に本当に難しい。

 どんな仕事にも必ずライバルがいる。自分のポジションを奪いかねない人材が背後にいる。ライバルたちの仕事ぶりにやきもきするが、だからこそしっかり彼らを見つめて、自分とライバルの違いを見極めたい。それが自分の価値を高めたり、差別化につながったりする。なにより自分にできないことを自分自身で認識することが、無理せず長く働き続けることにつながるのではないか。下手に自分の価値を傷つけないリスクヘッジになるのではないか。

 両者の対談を私はこのように読み取った。本書は他のビジネス本と違って「答え」を書かずに自由に対談している。だから読者は彼らの意見を自由に読み取れる。デザインを見て人それぞれ千差万別の感想を持つように、読者も私とは別の答えを導き出すかもしれない。

■東京五輪後にトーチの転売騒動が起きる?

 別の意味で興味深かったのは、ロンドン五輪のトーチや2ポンドの記念硬貨を手がけたデザインユニット「バーバー&オズガビー」との対談だ。ロンドン五輪の聖火ランナーが手にする「トーチ」をデザインした裏話がギリギリアウトなのだ。

 オリンピックにおいて聖火台に点火される瞬間は、世界の何十億人が目にする。だからトーチはデザインが美しいだけじゃダメ。デザインの不具合で聖火が消えてしまうと、担当したデザイナーは永遠に仕事を失いかねない。

 ところがバーバー&オズガビーによると、このトーチの不具合を検証したのはロンドン五輪関係者ではなく、特別な検証チームでもなく、デザインを手がけた両人だったとか。専門外なのにBMWの施設を借りて、デザイン生命をかけてあらゆる検証をしたという。しかもその数、8000本。むちゃくちゃだ。結局トーチの納品が開催前に間に合わず、ランナーがスタートした後も、ヘリでリレー地点まで“分納”するハメになったらしい。

 さらにトーチはランナーが持ち帰ってよい品だそうで、五輪終了後は転売が横行したとか。東京五輪を控える日本人としては、笑うに笑えないエピソードだ。東京五輪のトーチは無事完成したようだが、実はデザイン担当者がトヨタの施設を借りてこっそり不具合の検証を行っていたかもしれない…。おそらく五輪終了後にトーチの転売騒動も起きそうだ。いやだなぁ。

■デザイン界の神様が考えること

 最後にもう1つ、デザイン界の神様と評されるフィリップ・スタルクのこの言葉をご紹介したい。

そもそもデザイン自体に価値なんてないのよ。オレはデザインそのものではなく、それがどのような影響を人類に及ぼすか、ということに興味があるのね。(中略)とにかく社会は恐ろしいほど問題が山積みだから。デザインは微力だけど、なんらかのかたちで人類の進化に寄与しなくちゃダメじゃない? そう思わない? キレイなデザインをつくって満足している輩が多すぎるんだよ。

 見逃しがちだが、デザインはその物体の価値や機能を最大限に引き出す。極端な例だが、車のアクセルとブレーキが反対に装着されていると、世界中で大事故が多発するだろう。だからデザインが歪だと、その物体の価値や機能も歪になる。

 スタルクは、デザインが持つ影響力の大きさを肌で感じているのではないか。私たちの身の回りすべての価値をデザインで高めることで、問題山積みの社会を変えようとしているのではないか。

 デザイン業界とは縁遠いビジネスマンでも納得の考え方が本書にある。それは一流同士の対談だからこそ生み出されたはずだ。

文=いのうえゆきひろ