“要注意保護者”を生まれ変わらせたのは――夜に働く親を支える「夜間保育園」に刻まれた人間ドラマ

社会

2019/9/24

『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(三宅玲子/文藝春秋)

 いつだって子どもの笑顔は輝いて見える。その無邪気な表情にどれだけ癒されるか。どれだけ救われるか。子どもは大人に力を与える存在だ。ところが、そんな子どもたちの笑顔を奪う親もいる。

 2018年3月、あの衝撃的なニュースが流れた。東京都目黒区で5歳の女の子、船戸結愛ちゃんが虐待され亡くなったのだ。この事件でひときわ注目を集めたメモがある。

「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」

 この言葉をつづる、幼い彼女の絶望する姿が思い浮かぶ。助けを求める小さな声は、社会にかき消されてしまった。どうして結愛ちゃんはあんな目に遭わなければならなかったのか。もうたくさんだ。こんなことはたくさんだ。

 読者は「夜間保育園」をご存じだろうか? 夜の仕事に就く親のための保育園だ。『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(三宅玲子/文藝春秋)は、福岡市の夜間保育園「どろんこ保育園」を利用する親子と、彼らを支える保育士たちに迫るノンフィクション。

 本書で描かれる“人と人のつながり”が全国で少しでも増えれば、あの悲しい事件は二度と起こらないかもしれない。

■「要注意保護者」から生まれ変わった真弓

 本書は序章から読み応えがある。ここに登場するのが、シングルマザーの真弓だ。彼女の人生は波瀾万丈だった。21歳で年下の男性と結婚して2人の子どもを産む。が、離婚。子どもを置いて家を出てしまう。その後、再婚するが、暴力をふるわれて再び離婚。4歳の息子を連れてシングルマザーとなった。

 夜間保育園に入園したての頃の真弓は、荒れに荒れていた。ルールを守らず注意するとむくれる。登園時間は守らないし、そもそも毎日は登園しない。保育士の間では「要注意保護者」として認識されていた。しかしあるとき、真弓が変わる。それは入園して半年くらい経ったとき、保育園の理事長から話しかけられた言葉がきっかけとなった。

『あなた、あのとき泣きながら電話してきたおかあさんやろ? いつ入園するかって、待っとったとよ』

 真弓は入園するとき、辛い日常に追い詰められていた。電話で泣きじゃくりながら入園を希望した。理事長は半年も前のその出来事を覚えていたのだ。このわずか二言が、真弓と保育園の距離を縮めた。

 それから真弓は、時折事務所で自身の生い立ちや勤め先のキャバクラのことを話すようになる。保育士たちはときに彼女の至らない部分で怒ることもあったが、決して見捨てることなく接し続けた。やがて真弓にとって、どろんこ保育園はなくてはならない存在になった。さらにキャバクラを卒業して昼職に就く決心を固め、いくつかの仕事を転々とした。

「先生たちをがっかりさせたくないけん、わたし、今の仕事、がんばるつもりなんですよ」

 本書を読む限り、真弓は器用な人物ではないし、せっかく昼職に就いてもすぐに辞めてしまう心の弱さがある。しかし彼女は、彼女を支えようとする存在に恵まれた。

■シングルの親たちを支える「真夜中の陽だまり」

 本書にはシングルの親たちが何人も登場する。22歳で未婚の母になって、子どもと生きていくためにキャバクラで働き始めた亜希。1歳の息子のためにラーメン屋を開業して働き続けた父親。生活のリズムが安定せず登園が夕方以降になりがちなので、保育士たちが本気で心配するユミエ。

 亜希や父親は、自身の辛い日常を保育士に打ち明けることで気持ちを保った。ユミエの場合、登園が遅いことで子どもの情緒が不安定になっていた。それを保育士たちは見逃さず、ユミエに親としての自覚を促した。かといって否定するだけじゃなく、彼女を理解しようとする姿勢も見せた。

 たぶんこれが人と人のつながりではないか。日本の社会システムに欠けている部分ではないか。

 子どもを虐待する親たちは、社会的に孤立していることが多い。もしくはパートナーから同じように暴力を受けたり育児に不安を抱いたりと、精神的に追い詰められていることもある。

 シングルで生きる親たちは、どうしてもそれぞれの事情がある。一言で語れない人間ドラマを乗り越えて、さらに今度は子どもを抱えて生き抜かなければならない。だから私たちから見て理解できない一面が多々表れるだろう。

 本書に登場した彼らも、この夜間保育園に出会わなければ、子どもに手を上げたかもしれない。それを未然に防いだのが、保育士たちの支えだった。本書には園長のこんな発言がある。

「しっかりしなくていいんですよ。ダメなおかあさんでいいんです」

 保育士たちは直接的に親を助けられない。しかし心に寄り添い合う存在にはなれる。本書のタイトルである『真夜中の陽だまり』。この小さな光が、夜間保育だけじゃなく全国の児童施設で点々と灯り、親子を支える大きな火になればいい。

■夜間保育には人の人生がある

 本書は親子を支える保育施設側の人々にも焦点を当てる。たとえ利益が出ずに苦しくても信念を持って24時間保育を運営する女性や、小さな子どもを一時的に預かる「ベビーホテル」を経営する男性たちだ。

 一方で劣悪な保育施設を経営する人々もいる。汚い場所で安全管理の行き届かない保育事業を行う人間がいるのだ。本書では「どろんこ保育園」の創立エピソードを紹介しながら、かつての日本の保育事情も並行して解説している。このとき印象的だったのが、ある保育施設の経営者の言葉だ。

「ちゃんと行政がやればオレはやんないよ。じゃあさ、行き先に困っている親と子ども、誰が助けるのよ」

 時代が進んだ今、このような経営者は数を減らしたかもしれない。しかし覚えておきたいのは、どれだけ醜悪な経営者だろうが、彼らはシングルとして必死に生きる親たちを助ける存在でもある。この事実は受け止めがたく、「保育事業は利益が出にくい」という変えがたい社会事情が透けて見える。本書につづられているのは、私たちの知らない“夜の現実”だ。

「夜間保育には人の人生がある」

 この言葉がとても印象深い。読者は本書を読んで、どんな感想を抱くだろう。どんな意見を言いたくなるだろう。いや、それはなんでもいい。とにかく今の日本に必要なのは、シングルの親を支える社会システムではないか。それを生み出すのは私たちの声であり、それが集まって大きなうねりとなって、社会を変えていく。

 もし結愛ちゃんの母親があんな父親と出会わなければ、本書のような夜間保育園の保育士たちと出会っていれば、悲惨な運命を少しでも変えられただろうか。もうたくさんだ。日本を変えていこう。「真夜中の陽だまり」が、日本中の親子の大きな灯になることを願ってやまない。

文=いのうえゆきひろ