2つの才能とカラダがぶつかり合う! 深夜のダンスレッスン『10DANCE』

マンガ

更新日:2019/9/22

『10DANCE』(井上佐藤/講談社)

 世の中には、2人でしかできないことがある。見つめ合うこと、深く愛情のこもったキスをすること、愛し合うこと──そして、ソシアルダンスのペアを組むことだ。

 ソシアルダンスには、大きく分けて2つのジャンルが存在する。ひとつは、燕尾服姿の男性とロングドレスを着た女性が、向き合ってワルツなどの5種目を踊る「スタンダード」。もうひとつは、スタンダードよりもラフな服装で、男女の位置関係も自由にサンバなどの5種目を踊る「ラテンアメリカン」。これら2部門のダンサーは、それぞれのジャンルに特化しているのが一般的で、競い合うことは決してない。

 しかし、なにごとにも“例外”は存在するものだ。

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『10DANCE』(井上佐藤/講談社)の主人公・鈴木信也は、ソシアルダンスのラテン部門で日本のトップに立つダンサー。活躍の場を国内にとどめているのは、世界大会に出たところで、ファイナルまで残らなければ稼げないとわかっているからだ。

 もともとソシアルに興味があったわけではないし、ダンスで食えるならそれでいい。そんなふうに考えながら全日本選手権のラテン部門でチャンピオンをとった彼だが、スタンダード部門の優勝者であり世界2位の成績を誇るダンサー・杉木信也から、煽りに近い誘いを受けた。その内容は、「たがいの得意なジャンルを教え合い、10ダンス競技に挑むこと」。

 10(テン)ダンスとは、スタンダードとラテンの両部門を極めたダンサーたちが、スタンダード5種+ラテン5種=10種類のダンスで競い合う、ダンス界のW杯とでもいうべきものだ。スタンダードとラテンのダンサーが、唯一同じフロアで競う“例外”である。

 けれど信也は、自分と同じ名を持つ杉木を嫌っていた。

 初めて杉木を認識したのは、3年前、モニターの中に踊る彼を見つけたときのことだ。彼のパートナーは愛らしく美しかったが、彼女よりも目を引いたのは、その場を統べるように悠然とした杉木の姿。取り澄ましたその顔が、取り乱してぐちゃぐちゃに泣いているところを見てみたい──彼が視界に入るたび、信也の胸には、闘争心とも征服欲ともつかないものが渦巻いていた。

 結局、杉木の口車に乗せられて10ダンサーを目指す羽目に陥った信也は、彼と自分がダンス教室の仕事を終えた深夜、たがいの得意とするダンスを教え合う。慣れないジャンル、同じ背格好の男同士で向き合う体勢に戸惑いつつも、信也は杉木と2人きりのレッスンを通して、彼の意外な顔を知ることになり…。

 手を伸ばし、迎え入れ、息を合わせて踏み出すこと。相手を支え導くこと、相手を信じ委ねること。ダンスに必要なもののすべては、人生という名の舞台で踊るためにも不可欠なことなのかもしれない。ひとりで踊ることも、観客でいることも、もちろんできる。だが、ペアを組んでフロアに立たなければ見えない景色、感じられない興奮があることもまた事実だ。

 人と人が触れ合い、理解し合い、近づいていく歓びを描いた本作。躍動感たっぷりに表現されるストーリーとキャラクターの肉体は、読み手に「漫画を読むこと」の愉しみも存分に与えてくれることだろう。

文=三田ゆき