鬼才にして理屈屋の押井監督が放つ、初の人生相談本。そのアドバイスは相談者にどう響く?

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公開日:2019/9/27

押井守の人生のツボ』(押井守、渡辺麻紀/徳間書店)

 押井守といえばアニメーション演出家として、または映画監督として知られている。アニメ版『うる星やつら』や『機動警察パトレイバー』で国内のアニメファンから注目を浴び、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』で世界に名声を轟かせた。また、かの宮崎駿からも一目置かれる鬼才でもある。ただ、その演出は理屈っぽく見えることも多々あり、小生には常に何かしらの含みがあるようにも思える。そんな押井が悩める人々の人生相談に乗ったらどうなる?

押井守の人生のツボ』(押井守、渡辺麻紀/徳間書店)は押井守が初めて出す人生相談の本である。前書きからして「かく言う私は【一身上の悩み】というやつを誰かに相談したことが一度もないのです」と語り、悩める人々には一抹の不安を感じさせるかもしれない。しかし、押井の持つある種の達観した視点により、他の人生相談には無い新たな視点に気づかされるはず。では、一体どんな人生相談が展開されているのか、例を挙げてみよう。

【Q・部屋が片付けられません】
【A・モノを捨てると自由になれる。残しておくのは著作だけでいい。あとは何の価値もありません】

 モノがあふれて部屋を片付けられない50代の男性からの相談だが、とても耳が痛い。小生も古いCDや雑誌、ゲームソフトなどが捨てられないでいるのだ。勿論、整理整頓ができているなら悩まないで済むだろうが、相談者も小生もそんなわけもなく、悩みとモノは募るばかり。そんな溜め込む人々に対し押井は「モノには魔がついている」と諭す。

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 押井は元々溜め込まない性格だが、ある時まとめて捨てたときは「モノが消えた分だけ自分の空間が増える感じ」がしたと述懐。それでも残すモノは決めており、人の書いた著作、つまり本は保管している。どんなに古びても、改めてそれを読み返すと「買ったときのことを思いだして、まるでその時代を読んでいるような感覚になる」というのだ。そうだ、小生もそう思い保管しているのだ。ただ、その読み返す時がいつになるかわからないだけで……。

【Q・まだまだモテたい】
【A・生物として、極めて正常な感情です。モテた後どうしたいかは、そのつど考えればよろしい】

 30代の既婚男性からの相談である。小生の友人にも、既婚者でありながら女癖の悪い輩がいるのだが、読者の中にも身近に心当たりがある人は少なくないだろう。もしくは自身が「モテ願望」の強い当事者であることも。それに対し押井は「極めて正常。正常すぎて恥ずかしいくらい(笑)」と、既婚女性からはお叱りを受けそうな回答だが、この項のツボはそこではない。押井曰く「モテてどうしたいのかですよ」と。

 なるほど、「漠然とモテることだけを考えている、そんな人間に価値はあるのかということなのか?」と思って読み進めると「それはそうなってから考えればよろしい」とあっさりした答えが返ってきた。それ以上の言及もなく、何の含みも無いようだ。しかし、それがかえって何かあるのではと勝手に疑心暗鬼へと陥りそうではある。なお、小生は独身であり彼女もいない身なので、当然の如くモテたいと思っている。意中の相手とお付き合い出来たらどうするかは……、やっぱりその時に考えればいいや。

 人生相談を受ける側は、しばしば自身の経験を相談者に参考として話すもので、それは押井でも変わりない。当然、その経験はアニメ業界でのエピソードも多くなる。特に印象深く語られるのは、押井が普段から「宮さん」と呼ぶ仲の宮崎駿だ。本書の端々にその私生活までが見え隠れし、宮崎の人間像が露わになっていく。もしかして、押井による読者サービスなのか? ともあれ、押井自身の人生論を覗ける一冊である。

文=犬山しんのすけ