樹木希林さんが遺してくれた「いじめ」へのメッセージとは?

エンタメ

2019/9/30

樹木希林さんからの手紙』(NHK「クローズアップ現代+」+「知るしん」制作班/主婦の友社)

日帰りで訪れた北海道の思い出の場所

 樹木希林さんが亡くなってから1年。テレビで連日のように取り上げられ、映画が次々と公開され、展覧会が開かれて、著書の1冊は150万部を超える大ベストセラーになった。この1年間は樹木さんの人となりにふれる機会が多かったのではないか。そして生き方のみごとさはもちろんのこと、樹木さんが一般の方との交流を持ち、多くの人を励まし続けていたことも徐々に知られ始めている。

 樹木さんがこれまでに関わった人たちとの関係性を大切にしていたことを物語るエピソードがある。樹木さんの告別式が行われたのが昨年9月30日。ちょうどその1年前の同じ日に樹木さんが一人で訪れていた場所。その一つが過去に出演したCMが大ヒットして話題になった比布駅だ。

 比布駅は旭川から車で約20分。宗谷本線の無人駅。1980年に貼り薬「ピップエレキバン」の会長とともに出演したCMが大ヒットし、ロケ場所となった比布駅はまたたく間に全国に知られることになった。多いときは1日1000人の観光客が押し寄せたそうだ。大正時代に木材輸送で繁栄したあとは衰退の一途をたどっていた町にとって、樹木さんの存在は大きなものだったに違いない。

 樹木さんは37年前のロケ場所を再訪。実は駅が新しくなった2016年に駅では樹木さんを招待したが、体調を理由に断られたものの、お祝いの手紙のFAXが比布駅に送られている。駅にはその手紙、当時のCM制作チームとの記念写真、CMの映像、2017年の訪問時の記念写真が大切に飾られ、樹木さんコーナーができていた。駅の外には記念撮影用の顔出し看板が。人ではないが、関わりのあった「駅」ともその関係性を大切にする樹木さんの温かさを知ることができる。

本名で送っていた一般の方との手紙での交流

 このときのもう1つの目的が手紙での交流を深めていた、旭川に住む一般人の中島啓幸さんを訪問すること。中島さんとは樹木さんが敬愛する森繁久彌さんを通じて知り合った。手紙を中心に2013年から交流が続いていて、個人的な悩みをずいぶん聞いてもらったのだという。

 樹木さんは中島さんの自宅を訪問し、中島さんのお母さんが用意していた赤飯ととうもろこしをおいしそうに食べた。お母様も「すごい女優さんなのに、偉そうなところの全然ない方でした」と、当時のことを語っている。中島家には樹木さんからの手紙の多くが額に入れられて飾られており、悩み相談の度合いの高い手紙は別に大切に保管されている。

「いじめをなくしたい」という気持ちに樹木さんが応えた手紙

 過去にいじめられた経験のある中島さんが、いじめをなんとかなくしたいという気持ちで、樹木さんに子どもたちに向かって何か書いてくれと頼んだのが、樹木さんのいじめの手紙だ。「いじめをなくすのは道が厳しすぎる」と言いながら、書いてくれた。

 この手紙を中島さんが旭川の教育委員会へ持っていき、子どもたちがいじめについて考える場を設けようという活動も行った。旭川市立忠和中学校では樹木さんが書いた手紙の意味について生徒会で話し合い、ひとりひとりの違いはいじめの元にもなるけれど、それが人間の面白さであると話し合った。樹木さんに直接会うことは叶わなくても、子どもたちに樹木さんが遺してくれたいじめへのメッセージは確実に届いている。

 書籍『樹木希林さんからの手紙』(主婦の友社)では、比布駅や中島さんの他、成人式を迎えた若者5名や映画『あん』のモデルになった上野正子さんとの出会いなど、一般の方々へのやさしくときに厳しく、どんなときもユーモアを忘れない魅力あふれる樹木さんならではの手紙とそれにまつわる物語が紹介されている。

 10月2日(水)から西武池袋本店別館2階=西武ギャラリーで行われる、「樹木希林完全版 遊びをせんとや生まれけむ展」にも本の中の6通の手紙が展示されることになっている。この秋、あらためて樹木希林さんが私達に遺してくれた手紙を味わってみてはいかがだろうか。