あなたには自分の居場所がありますか? 身の回りに潜む孤独と向き合って生きる女性の美しい物語

文芸・カルチャー

公開日:2019/10/1

『わたしのいるところ』(ジュンパ・ラヒリ:著、中嶋浩郎:訳/新潮社)

 本書を読んでまず感じたのは、「孤独」はそれほど悪くないということ。世間一般には孤独はマイナスの要素として捉えられている節があるが、同時に一人で過ごす「静謐な時間」でもあるのではないだろうか。『わたしのいるところ』(ジュンパ・ラヒリ:著、中嶋浩郎:訳/新潮社)は、ピューリッツァー賞受賞作家でもあるジュンパ・ラヒリがイタリア語で書きあげた最新長編小説だ。彼女の独特の世界観が美しく描かれた、何度も読み返したくなる一冊となっている。

 小説の舞台となるのはローマと思しき町。主人公の45歳の女性の日常を淡々と描いた作品である。本来、小説にはストーリーを盛り上げるできごとが鏤められているが、本書は主人公の女性の視点を通して、あまりにも当たり前な日常を切り取ったまるでエッセイのような作品に仕上がっている。いつも通る歩道で、トラットリアで、広場で、本屋で、スーパーで、彼女が見たこと、体験したことがただ描かれている。ただし、共通するのはあらゆるところに孤独が潜んでいるということ。5年暮らした恋人ととうに別れ、年老いた母親を気遣いながらも一人暮らしを続けている女性。大学講師として働いているので職場の同僚や学生、もちろん友人たちとも交流はあるが、誰といても、どこにいても孤独が道連れのようについてくるのだ。

 たとえば、ある日の道でのできごと。彼女が暮らす地区の通りで、たまに会う男性がいる。彼は彼女の友人と暮らしていて、子どもも2人いる男性だ。彼とは道で会ったときにおしゃべりをしたり、コーヒーの立ち飲みをしたりするくらいの仲だが、彼女はもしかしたら恋愛をして一緒に過ごす相手だったかもしれないと思っている。恋人がいない彼女にとって、両頬へ挨拶のキスを交わし、わずかな距離を一緒に歩くだけの関係でも十分に満足なのだ。ただし、もしお互いが望みさえすれば、間違った関係に発展するだろうこともわかっているという、実に不確かな関係ではあるが。日常に特に不満がなく過ごせていても、恋人のいない時間が長くなると人肌恋しくなるときもある。知り合いの既婚男性とほんの少しの時間を過ごすだけで、癒される孤独もあるのだ。

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 また、ある日の夕食で。彼女には、自宅で夕食会を開くのが好きな独身男性の友人がいる。屋根裏部屋のちょっと変わった空間で開催される夕食会は素晴らしく、彼女は会の常連だ。参加者の顔ぶれはほぼ毎回変わるので、彼女はそれを「数時間におよぶ一度限りの社会的実験」と呼んでいる。その日出会ったのは初めて顔を合わせた30代の女性だったが、彼女はとにかくその女性にイライラさせられてしまうのだ。人の話に割って入り、彼女が暮らしている町をバカにしたように話す女性に嫌悪感さえ抱いてしまう。いつもはそんな人間に構わない彼女だが、あまりにも度が過ぎていたため「自分で何言ってるかわかってる?」とくってかかる。女性からは無視を決め込まれ、会の空気を悪くしてしまったことにバツの悪さを感じる彼女。会が終わり、一人で夜道を歩いている最中に主催者の友人に悪いことをしたと反省し、深い孤独に襲われるのだ。

 私たちの生活でも孤独は至るところに潜んでいる。孤独を感じたくないがために、無理して人と付き合ったり、自分一人でいることを避けたりしようとしてしまう。しかし、孤独とは、かくも美しいものなのだということを気づかせてくれる本に出会うことができた。なんてことのない日常が描かれている小説だが、そこではすべてが起こっているともいえるのだ。本書は、人間は基本的に一人で生きるいきものだということを、あらためて気づかせてくれるだろう。

 本書の特徴として、登場人物たちや訪れる場所などのすべてに名前がないことが挙げられる。この著者の作品を読むと、ベンガル人として生まれイギリスに移住してきた自身の体験を通じて、生まれや母語、名前などの「自分で選ぶことができない」ものに対する意識が人一倍強く感じられる。本書の中で出会う人物や場所はどこにも存在していないのと同時に、私たちのすぐ近くに存在しているともいえるのではないだろうか。

文=トキタリコ