観光客が地元住民の生活を壊している? 人気観光地を襲う「観光公害」という苦悩

社会

更新日:2019/10/2

『観光公害――インバウンド4000万人時代の副作用』(佐滝剛弘/祥伝社)

 日本政府は、2003年ごろから外国人観光客の誘致に力を入れはじめた。そしていま、その成果は着実に出ている。それを実感する人も多いだろう。2002年には訪日観光客が577万人だったのに対し、2018年には約3200万人と6倍近くなっているのだ。

 さらに政府は東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には4000万人の誘致を目指しているが、おそらくこれは達成可能な数字だろう。

 このように訪日観光客が増加していることが、地域経済に恩恵をもたらしていることは間違いない。だが同時に、有名観光地では宿泊施設の建設ラッシュによる住宅価格の高騰や交通渋滞、環境破壊、観光客のマナー違反など、「オーバーツーリズム(多すぎる観光客がもたらす魅力低下)」が原因で地元住民の生活が破壊される問題も無視できなくなってきている。

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 そんな増えすぎた観光客が地域にもたらす弊害について、豊富なデータと綿密な取材・調査に基づいて考察するのが、『観光公害――インバウンド4000万人時代の副作用』(佐滝剛弘/祥伝社)だ。著者は元NHKのディレクターで、現在は京都光華女子大学キャリア形成学部教授として「観光学」を教えている。また、NPO産業観光学習館専務理事も務めており、いわば「観光」についての専門家だ。

■地元市民の移動手段が麻痺状態に?

 本書で紹介されている「観光公害」の事例は多岐にわたる。たとえば、世界的に有名な人気観光地である京都の場合。京都市民にとって日常的な移動の中心手段は市バスだが、観光客の激増により、毎日の通勤・通学にも支障が出ているという。

 具体的に見てみよう。2013年から17年までの5年間で、市バスの利用者は1538万人も増加した。その間、京都市の人口増減はほぼないため、増えた分はほぼ観光客だと考えていいだろう。また、祇園白川では30年近く前から桜の季節にライトアップが行われていたが、それを見たいという観光客が殺到するようになると桜の枝を折るなどのマナー違反までが目立つようになり、一度はライトアップを中止する事態にまで追い込まれた。その他、京都では民泊や白タクなどのトラブルも多発している。

 このような「観光公害」は京都のみならず、多くの人気観光地でも同様の状況だという。しかし、政府みずから観光客誘致を推進し、地元の自治体や企業などの多くもその政策に乗っているのだから、いちがいに観光客を迎えることが悪いとは言えないだろう。積極的に誘致しておいて、人数が増えすぎたからやっぱり来るなというのは虫のよすぎる話である。

 また、少子高齢化による人口減が確実に進んでいる日本で、今後観光産業が地域経済を支える太い柱となるのは間違いない。たとえば、京都の市バスは増えすぎた観光客のせいで一時的な麻痺を起こしてしまったが、そうではない地方で観光客があまり来ないという多くの公共交通機関では、赤字のためどんどん路線廃止が進んでいる。

■観光公害を防ぐ効果的な手段はあるのか?

 もちろん、観光地の自治体や企業も「環境公害」への対策をしていないわけではない。本書に例示されている対策のなかでも、効果がありそうなものを2つ紹介したい。

 ひとつは、富士山や屋久島のように「入山料」を取るという手段。それなりの金額に設定すれば、そのこと自体が観光客の抑制につながるし、集めた資金を環境整備に回すこともできる。もうひとつは、交通機関などを地元住民用と観光客用に分けることである。鎌倉の江ノ電では2018年に、沿線住民が市民であることを示す証明書を提示すれば優先的に改札に入れるようにするという実験的施策を行っている。これにより、地元住民の利便性は確実に向上したという。また2019年には、先に述べた京都の市バスで、路線バスとは別に循環観光バスの運用も始まっている。

 これらの対策で、どこまで「観光公害」を防げるかは未知数の部分もあるが、問題そのものが流動的であるため、とにかくひとつひとつ対処していくしかないだろう。大事なことは「これから日本は観光で食っていく」と覚悟を決め、そのための準備と環境整備を計画的に進めることである。

文=奈落一騎/バーネット

この記事で紹介した書籍ほか

観光公害――インバウンド4000万人時代の副作用 (祥伝社新書)

著:
出版社:
祥伝社
発売日:
ISBN:
9784396115746