読めば鎌倉に行きたくなること必至! 婚約者にフラれた元OLが出会った、あやかしだらけの古民家カフェ

文芸・カルチャー

2019/10/4

『古都鎌倉、あやかし喫茶で会いましょう』(忍丸/一二三書房)

 おいしいごはんと、何があっても味方してくれると信じられる人がいれば、人生は無敵だなと思う。正確には、敵はいるけど、おそれがなくなる。そんな居場所となる人たちは、家族でも恋人でも友達でも、なんだっていいのだ。自分の心身を癒してくれる場所ならば。たとえあやかしであったとしても。そんなことを『古都鎌倉、あやかし喫茶で会いましょう』(忍丸/一二三書房)を読んで思う。

 結婚を前提に同棲していた恋人に浮気されて、着の身着のまま追い出されてしまった28歳の詩織。元恋人も彼の若い浮気相手も会社の同僚であるがゆえに、いたたまれなくなって退職することを決め、有給消化中に出会ったのが「あやかしも人間もどうぞ」と書かれたあやしすぎる看板をかかげた鎌倉の古民家カフェ。常連客の大半が人間ではないというそのカフェで、なりゆきから住み込みで働くことになってしまったというのが本作のあらすじ。

 日本酒を桝から舐める巨大な黒猫、かたかたと骨を鳴らして大笑いするポロシャツ姿の骸骨、体に矢を刺し眼窩から目玉を溢れさせている落ち武者。おどろおどろしい見た目に反して、魑魅魍魎たちの描写は陽気でコミカルだ。舞台がカフェ、というのがその理由だろう。シロップたっぷりのパンケーキを頬張り、珈琲の香りを優雅に嗅ぎながら、地産地消の食事を堪能する。そんな胃袋のゆるんだ場所で、剣呑な騒動など起こりようがない。物語は、人間以上にどこかあたたかい心をもったあやかしたちの、過去や情緒のもつれにまつわる事件を中心に展開していく。

 猫が猫又になるのも、人間が鬼になるのも、「未練」という資格が必要だ。強い執着は、生を満足にまっとうした者からは生まれない。カフェの調理人・朔之介が美貌の下に隠した解消しきれない想いに気づいたとき、詩織は、恋人にフラれて傷ついた自分のためではなく、自分に手を差し伸べてくれた彼のために働きはじめる。本当の意味で人が癒されるのは、ありのままの自分を受け容れてもらえたときではなく、誰かのために一生懸命、自分の力を捧げることができたとき、そしてその結果、大切な人が笑ってくれたときなのだなあ、と本書を読んでいて思う。

 いにしえより、“内の者”はあたりまえにあやかしと共存してきたという古都・鎌倉。とれたての鎌倉野菜やしらす、名物の厚焼きパンケーキに、昭和の時代から変わらぬ味を保ち続ける珈琲。紫陽花に石楠花、藤の花など、季節の色が咲き誇る情景のなか、名所をめぐりながら買い出しにいそしみ、事件を解決していく詩織の目をとおして、読者もすっかり観光気分を味わえる。読み終えたときには、鎌倉に行きたくなっているのも本作の魅力だ。この本を片手に、あやかしたちの影と朔之介の淹れる珈琲の香りを探して、鎌倉の街をさまよってみるのもいいかもしれない。

文=立花もも