この欲望に抗えない! 平凡な主婦が堕ちた甘くて背徳的な“快楽の世界”――男女ともに圧倒的な支持を得て、2020年に実写映画化!『Red』

文芸・カルチャー

2019/10/5

『Red』(島本理生/中央公論新社)

 メディアで有名人の不倫報道が流れるたび、世の中にはバッシングが飛び交う。不倫はパートナーを裏切る、最低の行為。そう誰しも知っているのに人はなぜ不倫に溺れるのか。…それはもしかしたら、人生の意味を見つけたいからなのかもしれない。島本理生が手掛けた『Red』(中央公論新社)はそんな思いを抱かせてくれる作品だ。

 本作は2014年に単行本が刊行、2017年の文庫本発売以降、重版を繰り返し、いまだに熱い注目を受け続けている。2020年には実写映画化も決定しており、今後もますます話題となりそうだ。

 主人公の村主塔子は傍から見れば、何不自由ない生活を送っている。かわいくて元気な娘や友達のように気さくな姑、収入のいい夫に恵まれた専業主婦。私は十分、恵まれている。そう思いながらも、心は冷え切っていた。

どうしてだろう。こんなにも安定していて、穏やかなのに。毎晩同じベッドで眠る夫を、時折、赤の他人よりも遠く感じてしまうのは。

 妊娠を機にオーラルセックスが当たり前になり、セックスレスとなった自分たち夫婦。ふとした時に引っかかる夫の言動。2人目を無責任に待ち望む周囲…。塔子の心はいつしか空虚感でいっぱいになっていた。

 そんな時、友達の結婚式に参列したことを機に塔子は10年前の恋人・鞍田秋彦と再会。当時、鞍田は結婚しており、塔子は愛人というポジションだった。その鞍田からの誘いで後日、塔子は友達を交え、食事をすることに。

 久しぶりに訪れる「妻」や「母親」ではない“塔子”というひとりの女性としての時間。限定的な甘い休息に塔子は浮足立つ。そして、その甘美で危険な1日によって、塔子の人生は大きく変わっていく。

 その日、鞍田から強引に犯された塔子は「二度と会わない」と思いながらも再び鞍田に会ってしまい、彼の誘いを受けて、鞍田が取締役を務める会社で働くことになった。そうした生活の中で再確認したのは仕事の面白さと専業主婦に向いていない自分がいること。夫とは違い、そんなありのままの心を受け止めてくれる鞍田に、塔子は溺れていく。

 演じる余裕もないほどの快楽と泣けるくらいの高揚感、そして10年たっても変わらない想いの強さ。それらを噛みしめながら塔子は「不倫」という危うい関係に堕ちていく。

私はこの人が怖い。私を、私自身に還してしまうから。欲望を自覚させる。

 細胞が求める最愛の人との背徳的で官能的な恋の結末に、幸せはあるのだろうか。2人の恋は、愛や夫婦の意味を私たちに訴えかける。

■肩書きのない「私」が恋しい

 妻や母親という肩書きは、まるで洋服のようだ。馴染んでいくほど、私たち女性は本当の自分が分からなくなっていくように思う。結婚したり子どもができたりすると、髪型やファッションが悪立ちしないものに変わるのはきっと、既婚女性あるある。日に日に存在感がなくなっていく“ありのままの自分”や女らしさも恋しくなる。

 そんな日常の中で女であることを実感させてくれるのが、セックスという行為。体を求められ、熱い蜜が流れる瞬間は妻でも母親でもなく、「私」という女に戻れる。だからこそ、セックスレスは女性にとっても深刻な悩みだ。求められず、抱かれない自分には女としての価値がもうないように思えてしまう。

 そして、相手だけが満足する一方的な“セックスもどき”も、私たちを傷つける。彼女から昇格し、妻という地位を手に入れた私たちはセックスレスや身勝手なセックスによって、余裕や自信を失っていく。

 体を思いっきり抱いてほしい。そう訴える声はただ単に下品で淫らに聞こえてしまうだろうか。そんな女性の悲痛な叫びも本作には込められているように思う。2人が不倫の先で見つけた「人生の答え」は、妻らしく、母親らしくの「らしく」に疲れてしまった心身を熱くさせるはずだ。

文=古川諭香