平成の八つ墓村――「山口連続殺人放火事件」はなぜ起きた? 事件の真相に迫る、話題のルポ

社会

公開日:2019/10/8

『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(高橋ユキ/晶文社)

 2013年7月21日、山口県周南市にある限界集落で凄惨な事件が発生した。後に「山口連続殺人放火事件」と呼ばれるようになるこの事件。集落に住む5人の高齢者が殺害され、被害者宅が放火されるという忌まわしい様相は瞬く間にニュースの一面を飾り、ネット上では「平成の八つ墓村」などと騒がれた。

 事件の犯人は集落に住んでいたひとりの男。その自宅のガラス窓には、一枚の不気味な貼り紙があった。

“つけびして 煙り喜ぶ 田舎者”

 まるで放火を仄めかすようなメッセージは、犯行予告とも受け取れる。実際、当時のニュースでは「これは犯行予告なのではないか」という論調で、何度も報道された。

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 それから6年が経ち、今年8月、犯人の男の「死刑」が確定した。その動機については「村八分にされていたことに対する恨みではないか」などと言われているが、真相は藪の中。勾留期間中に犯人の妄想性障害が深刻化したことにより、真実を明らかにすることは困難になっている。

 しかし、この事件に真正面から切り込み、真実に迫ろうとする一冊のルポが発売された。それが『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(高橋ユキ/晶文社)である。

 著者である高橋ユキさんは、裁判傍聴記をブログに綴っていたことからキャリアをスタートさせ、刑事事件を中心に各媒体に寄稿する気鋭の書き手だ。これまでに『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社)など、いくつもの刑事事件に関するノンフィクションを手掛けてきた。本書には、そんな高橋さんが辿り着いた、「山口連続殺人放火事件」のひとつの真実が綴られている。

 この事件を読み解くうえでキーワードとなるのは、「噂話」である。

 事件現場となった集落を訪れる中で、高橋さんは田舎独特の悪習に遭遇する。常に誰かが誰かの噂話をしており、それが「悪口」へと加速していく。小さなコミュニティの中で、秘密を守ることは不可能。むしろ、それに尾ひれがつけられ、井戸端会議を彩る花とされてしまう。もちろん、当人たちに悪気があるわけではない。娯楽が少なく、かつ住人同士の距離が近い分、どうしたって他人の噂話を面白がってしまうのだろう。

 ただし、それが時に誰かの心を傷つけ、悩ませ、最終的には怒りにつながることだってある。中には、そのやり場のない怒りを発散するため、凶行に走ってしまう者だっているのだ。そう、この事件の犯人のように。

 本書を読み進めていくと、閉鎖的な村社会の恐ろしさが浮き彫りになってくる。それと同時に、犯人の置かれていた状況に対する、やりきれない気持ちも湧いてくるのだ。もちろん、犯行自体は決して許されることではない。被害者、及び被害者遺族の方たちは気の毒で仕方ない。

 それでも、犯人をただ断罪する、という安易な結論ではいけないような気がする。それくらいこの事件は複雑であり、無意識の人の悪意が絡み合い、起きてしまったものなのだ。そして、匿名化されることにより誰もが憶測で物を言える現代において、この事件の顛末を知ることは非常に重要ではないだろうか。無責任な発言が、恐ろしい犯罪者を生み出すことにもつながりうる――。本書は「山口連続殺人放火事件」の真相を通じて、ぼくら現代人に警鐘を鳴らしているのである。

文=五十嵐 大