恋愛ツイートが「共感しかない」著者による、悩める女性に響くメモワール・エッセイ

恋愛・結婚

公開日:2019/10/18

『揺れる心の真ん中で』(夏生さえり/幻冬舎)

 私はこれまで、どんな価値観を持ちながら人生を漂ってきたのだろうか。SNSのフォロワー数計22万人超の夏生さえりさんが手掛けたエッセイ集『揺れる心の真ん中で』(幻冬舎)をめくると、これまでの人生に目を向けたくなる。

 夏生さんは恋愛系のツイート等で多くの女性の共感を集めるフリーライター。彼女が投稿する言葉に共感し、心打たれている女性は多い。本書は、27歳から28歳までの1年間にWEBマガジンサイト「幻冬舎plus」にて連載されていたエッセイのほか、他の媒体に寄稿したものや書き下ろしも追加され、まとめられた作品。

 連載中に、27歳直前に出会った彼と暮らし始め、結婚したという夏生さんは恋愛や暮らしへの価値観がどんどん変わっていく自分に驚きながら文字をしたため続けた。作中には彼女いわく「若気の至りに甘えた作品」もあるという。

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“どうか、とある女の一年を、成長を見守るような気持ちで最後までめくってもらえると嬉しいです。”

 そう語られた物語の中には、「私」の日常に近いものもある。飾り立てない夏生さんの日常を垣間見ることで、私たちは自分の日々に思いを馳せ、人生を見つめ直したくなるのだ。

■価値観が変わる時は“あの瞬間”に似ている

 25歳の頃、恋愛系の記事を書きながらも、恋人なんてほしくないと思っていた夏生さん。恋で満たされ、自分の変化を止めたくないと思い、ひとりでスペインに渡ったこともあった。

 だが、実際に土地に縛られる喜びに気づくと、「私をつなぎとめてくれるもの」を探すようになったという。彼女は自由に冒険したことで、刹那的に生きるより、多少の退屈を受け入れながらも未来を築く覚悟を求めたくなっていったのだ。

 こうした価値観の変化を表現したフレーズは実に美しく、心にすとんと落ちる。

“価値観が変わる瞬間は、あたたかい紅茶にミルクを垂らしたときに似ている。”

 これまで「自分」だと思っていたものが、些細なことを機にぐらりと揺れる。そんな不思議な体験を何度も繰り返しながら、私たちは年を重ね、大人になってきた。人の一生には「私」という人間の変化が凝縮されている。

「幸せ」という言葉から連想する映像や「好きなものは?」と聞かれてパっと思い浮かぶものが、いつかの自分と違っていることに気づくと、これまで知らなかった自分と出会えたような気がしてうれしくなり、感慨深い気持ちにもなる。本書はそんな自分と出会うきっかけを与えてくれるのだ。

■人の気持ちが分からないから、分かりたいと思える

 夏生さんの恋愛観や人生観に触れると、優しい自分になれる。幼い頃から人の気持ちに人一倍敏感で、大学では心理学を学んだという夏生さんならではの視点で語られる人付き合いの真理は深い。彼女は長年、「私は人の気持ちが分かる」と自負してきたが「人のことは分からない」という答えに辿り着いた。そして、その真理に気づいてからやっと、本当の意味で人に優しくなれたという。

 世の中にはさまざまな価値観を持った人がいるのに、自分とは違う意見を目にすると攻撃したくなったり、賛同を強要させようとしてしまうことも多いように思う。SNSの炎上は、その典型的な例だといえるだろう。だが、「人のことは分からない」「自分と人は違う」と思えるようになれたら、距離感が近いゆえに起こりやすい“決めつけ”や“身勝手な批判”を他人に向けてしまうことも減るはずだ。

 どれだけ一緒にいても、どんなに近くで過ごしていても、相手のことを完璧に知ることは不可能だ。それは一見、とても怖いことのように思えるかもしれないが、相手のことを知るチャンスになる。分かったふりをせずに愛のある探求心を相手に向けられたら、これまでとは違った絆が生まれ、新たな関係を切り開けるかもしれない。そう思わせてくれる夏生さんの言葉の数々は胸の奥でくすぶっている「感受性」を刺激する。

 移りゆく日々の中で変わりゆく心に目を向けた夏生さんの記録は、人生観を変えてくれる。不思議と、曲がりくねった道を歩む自分も好きでいたいと思えるようになるのだ。何かを選び、何かを捨て、揺れながら生きる「今」という瞬間の大切さを、本書は優しく教えてくれる。

文=古川諭香