他人の失敗は蜜の味、でも私は成功したい。「人が失敗した理由」を集めたら幸福になれる?

文芸・カルチャー

公開日:2019/10/13

『私が失敗した理由は』(真梨幸子/講談社)

 誰だって、自分のたった一度の人生で「成功」をつかみたいものだ。しかし、いつの間にか私たちは成功者と呼ばれる人はごくごくわずかであることや、自分がそれには該当しないことを悟る。それでもどこかで、周囲の人よりは“成功した人”でありたいと願い続けてしまう――。

 そもそも「成功」や「失敗」とは、一体何なのだろうか。『私が失敗した理由は』(真梨幸子/講談社)は、そんな疑問を抱かせるユニークなイヤミス小説だ。

 真梨さんは2005年に『孤虫症』(講談社)でデビューして以来、人が内面に抱え持つドロっとした世界観を巧みに描き出し、読者にさまざまな形の狂気やどん底を見せてきたイヤミスの女王だ。自己啓発本を彷彿させるような斬新なプロローグや、作中では自身の作品を自虐的にイジるなど、真梨さんにしか描き出せない世界観がここにはあるのだ。

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■大量殺人を犯した同僚は、なぜ人生に失敗したんだろう…

「私の人生はどうしてこうなってしまったのか」――落合美緒はそう思っていた。かつてはバリキャリの高所得者であった美緒は、結婚を機に都心のタワーマンションに住み始め、妊娠。だが、流産を機に彼女の人生は180度変わってしまった。

 芝居じみた態度で、腫れ物に触るように接してくる職場の人々。それに傷ついた美緒は鬱状態となり、会社を退職。東京郊外に移り住み、スーパーでパートをするようになった。

 美緒はこれまでずっと「ときめき」こそが自分の行先を照らす道しるべだと思い、生きてきた女性。ときめきの先では常に最高の「成功」を得てきたつもりだ。だが、挫折を経験してからは心が晴れず、ときめきも感じられていない。

 しかし、そんな精神状態は、パート仲間・ムラカミが何気なく語った引っ越し話によって変化する。ムラカミが東京23区内の新築マンションに移ることを知った美緒の胸に、羨ましさとときめきが湧きあがってきたのだ。ときめきにまとわりつく“中毒性のある高揚感”…。

 ときめきを得た美緒はその日久しぶりに食欲が戻り、夕食の後にどうしてもフレンチトーストが食べたくなったためコンビニヘ。そこでまた別のパート仲間・イチハラに出会い、彼女がもうすぐ「成功」を手に入れそうだと知る。だが、後日耳に飛び込んできたのはイチハラが大量殺人を犯したという知らせ。

 成功を目前に、どうして彼女は失敗したのだろう…。そう考えた美緒は、かつての恋人で編集者の土谷謙也に、他人の失敗談を集めた『私が失敗した理由は』という書籍を制作したいと相談する。

 自己破産した元人気作家、議員選挙で落選しホームレスに転落した主婦…彼女たちが取材を試みる人物たちは、成功の後に大失敗を経験した人ばかり。登場人物たちが語る“失敗の元凶”に美緒は目を輝かせるが、他人の不幸を楽しんだ代償は大きく――。

 自慢や羨望、妬みが入り乱れる本作がどんなラストを迎えるのか、あなたも他人の人生を覗き見しているような視点で見届けてほしい。

■あなたにとっての「成功」は人と違うかもしれない…

 誰かから「羨ましい」と思われたいがために、私たちは日常の中でも自分が成功者であるように振る舞い、見栄を張ってしまう。他人の失敗を陰で喜んでも、自分は憐みの対象に堕ちたくないと思う。だが、気を付けなければいけない。娯楽のひとつだと思っていた他人の不幸がいつの間にか自分の背後に迫っている恐れがある。

 成功と失敗は紙一重。うれしい成功の先に失敗が待ち構えていることもあるし、逆も然りだ。それに気づくと、これまで考えていた“幸せの定義”も少し変わって見えるだろう。私の人生はなぜこんなに陳腐なものになってしまったんだろう…そう感じている方は、本作の「成功の秘訣」と「失敗の元凶」を学ぶことで憂鬱を吹き飛ばしてほしい。

文=古川諭香