親子の形、幸せの形を問いかける! 離婚後の一風変わった父と息子の18年間の交流

マンガ

公開日:2019/10/17

『さよなら、ビー玉父さん』(角川文庫)

 32歳のフリーター、奥田狐(通称コン)の住むアパートの一室に、2年前に離婚して以来、一度も会わずにいた8歳の息子・遊が訪ねてくる。母親が再婚し、父親であるコンを「いらんものにしたくて、来たんや」と言う遊。久々の再会に、嬉しさよりも戸惑いを感じるコンだが――。

 物語の面白さと魅力的なキャラクター。その両方を兼ね備えたエンタテインメント小説の賞、角川文庫キャラクター小説大賞。その第1回で惜しくも大賞受賞は叶わなかったものの才能と将来性を高く評価され、同賞の〈隠し玉〉として刊行されたのが、本作『さよなら、ビー玉父さん』(角川文庫)だ。大幅に加筆・改稿して2018年8月に上梓するや、口コミで話題が沸騰し、重版に重版を重ねる大ヒットとなった。

 自分しか愛することのできないダメ男な父親と、そんな父を健気なほどに慕う幼い息子。かつて家族であったけど、今はもう家族ではない彼らは、久しぶりに会ってもどこかぎくしゃくしている。コンにとって遊は、話の通じない、何を考えているのか分からないエイリアンのようなもの。いきなりやって来たくせに、そしてまだ8歳という稚い年頃なのに、見ていていじらしくなるくらい他者に対して気を遣い、イイコたらんとしている。『ふたつのスピカ』のマンガ家・柳沼行さんが手がけた表紙からも、遊の愛らしさ、いじらしさがひしひしと伝わってくる。

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 対照的にコンは、自他ともに認める「自分のことがいちばん好き」な男だ。友人も恋人も家族もいなくとも、寂しさを感じていない。人当たりはいいけれど他人には無関心。自分の血を分けた一人息子がわざわざ会いにきたというのに、特に嬉しいとも思わない。思えない。こんな自分が人間としてどこか欠落していることもコンは分かっている。しかしだからといって、それでどうということもない。

 この2人が共に過ごす一日を綴ったのが第1話「クズ男のA玉」だ。“A玉”とはコン曰く「ラムネのためにつくられたガラス玉」のこと。駄菓子屋でコンに買ってもらったラムネに入っていたA玉を、遊は大切そうに指でなぞる。まるで宝もののように。それを見ているうちに、コンの中にこれまでにない感情が生まれてくる。父性という名の新しい感情が――。

 第2話ではそれから4年後の2人が、そして最終話となる第3話では18年後、26歳になった遊と50歳になったコンが登場する。幼かった遊は若い大人になり、大人になる時期を逃したまま生きてきたコンは初老の男になっている。彼らはゆるやかな交流を続けながらも、今なお自分たちの関係を模索している。

 終盤でコンと遊がそれぞれに選んだ道は、ハッピーエンドかあるいはサッドエンドか、人によって解釈が分かれるかもしれない。幸せには形がないということにコンが長い時間をかけて気がついたように、読む側それぞれの家族観や親子観、そして幸福観が照射される終わり方となっている。そして、深い余韻が心の中にいつまでも残るだろう。

文=皆川ちか

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